マクラーレン・ホンダ2年目、パワーは着実に上昇。足を引っ張っていたのはマシンのほうだった
フルワークス体制で再び挑んだ第3期(2000年〜2008年)から7年----。ホンダはパワーユニットのサプライヤーとしてF1サーカスに復帰した。2015年にマクラーレンとともに歩み始め、2018年からトロロッソ(現アルファタウリ)と強力タッグを組み、そして2019年からはレッドブルも加わってチャンピオン争いを演じるまでに成長した。2021年に活動終了するホンダF1の7年間に及ぶ第4期を振り返る。
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マクラーレン・ホンダで2年目を迎えたアロンソこの記事に関連する写真を見る マクラーレン・ホンダ2年目の2016年。
開幕3戦は無得点のレースが続いた。しかし、第4戦ロシアGPが大きな転機となった。フェルナンド・アロンソが6位、ジェンソン・バトンが10位でダブル入賞を果たしたが、結果以上に大きかったのは、マクラーレンとホンダ双方の進歩だ。
「今日のレースは、ほとんどを予選モードのフルパワーで走りました。そこまでやったのは、今回が初めてです。こういうところに勝負をかけよう、注力しよう、という決断をしました。ここで(リスクを背負ってでも)パワー出そうというチャレンジをしたわけです」
この2016年から陣頭指揮を執ることになった、長谷川祐介ホンダF1プロジェクト総責任者はそう語った。
ICEのライフを削りながらでも、攻めた点火時期セッティングでパワーを捻り出す。当時で約4%のゲインがあったというが、メルセデスAMGやフェラーリはさらに予選のここ一番の1周だけなら3%ほどを引き出す"パーティモード"を使い始めていた。そんな時期だ。
1周の予選モードでどのくらいのダメージが及ぶのか。それを厳密に把握できなければ、年間5基で1基あたり約3000kmの寿命が求められるレギュレーションのなかでは、自由に使うことはできない。
先行各メーカーはベンチ上で大量のパワーユニットを壊すことで、その"勘所"を把握してきている。だが、後発のホンダは2016年にようやくベンチテストに加えて開幕前テストからこの予選モードをトライし、実戦投入に備えてきたのだ。
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