【ワールドカップ】アルゼンチンが「世界の嫌われ者」になっていった歴史 メッシの存在がその風潮を変えた (4ページ目)
【メッシが果たした歴史的な役割】
ラテンアメリカ諸国でも、アルゼンチンは支持されたわけではない。
アルゼンチンにはスペイン系やイタリア系の白人が多く、20世紀初頭には経済的に繁栄。首都のブエノスアイレスは「南米のパリ」とも称された。そういう欧州系移民中心のアルゼンチンに対する反発の感情も強かったのだ。
マラドーナが主役となった1986年のメキシコW杯で、地元メキシコの人たちはまず自分たちの国であるメキシコを応援したが、次に彼らが応援したのはブラジルだった。そして、メキシコとブラジルが準々決勝で敗れてしまったので、メキシコの人たちも仕方なくアルゼンチンを応援するようになったのだ。
当時は、日本でもブラジル人気が圧倒的で、「アルゼンチン好き」は肩身の狭い思いをしたものである。
そんな"アルゼンチン嫌い"の風潮を変えて世界中にアルゼンチンファンを増やしたことも、メッシという選手の果たした歴史的な役割だったのではないだろうか。
著者プロフィール
後藤健生 (ごとう・たけお)
1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7700試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。
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