【欧州サッカー】ルイ・コスタは立ち居振る舞い「すべて」が美しかった ミラニスタが愛したポルトガルの巨匠 (2ページ目)
【バティストゥータとの7年間】
それでも、技巧こそがポルトガルの持ち味であり、ルイ・コスタの真骨頂でもある。リズミカルなボールタッチで前に進み、寸分の狂いのないキラーパスを、スルーパスを絶妙のタイミングで配する。
しかも視野が広く、一本のパスで局面をガラリと変えるケースもしばしばあった。そのプレーは美しく、芸術的。まさに「マエストロ(巨匠)」である。
「ほしいところにパスを届けてくれる。ルイ・コスタのように優れたゲームメーカーと7シーズンもプレーできたのだから、感謝するしかないよ」
フィオレンティーナで苦楽をともにしたガブリエル・バティストゥータも、ルイ・コスタを高く評価していたひとりだ。
ポルトガルが生んだ「ゲームの創造主」はフィオレンティーナに7シーズン在籍し、2度のコッパ・イタリア優勝をもたらした。しかし、チームの財政悪化の影響によって、2001年にミランへと旅立つことになる。
新天地ミランでは、フィリッポ・インザーギ、アンドリー・シェフチェンコと相性がよかった。相手DFラインの裏に抜ける両FWの足もとやスペースに正確なパスを送る。ミスヒットさえしなければゴールになるのだから、インザーギもシェフチェンコもルイ・コスタに足を向けては寝られない。
2002-03シーズンにコッパ・イタリアとチャンピオンズリーグの2冠を達成し、2003-04シーズンはスクデットも獲得。このタイトル歴こそがルイ・コスタの実力を証明している。
ミシェル・プラティニ、ディエゴ・マラドーナ、フアン・ロマン・リケルメ、ネイマール......。「ファンタジスタ」と称賛されるトップスターは気位が高く、監督にとって扱いづらいタイプも少なくない。
しかし、ルイ・コスタは優秀なチームプレーヤーでもあった。構想の主軸から外れても愚痴ひとつこぼさず、自らの役割を黙々とこなしていた。加齢に抗えず、ミランでカカに、ポルトガル代表でデコにポジションを奪われた際も、波風を立てていない。
特にミランでは、ブラジルからやってきた若きカカをサポートした。イタリア屈指の名門で攻撃のタクトをふるう恍惚と、同時に襲いかかる不安・外圧に対する心構えなどを教示したという。
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