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サッカー日本代表が戦った聖地・ウェンブリー イングランドはスタジアムに歴史あり

  • 後藤健生●文 text by Takeo Goto

連載第94回 
サッカー観戦7700試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」

 現場観戦7700試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。

 サッカー日本代表がイングランド代表と対戦したウェンブリーをはじめ、イングランドにはスタジアムの歴史があります。現在は多くが改修や新設されていますが、今回は古いスタジアム時代のエピソードやイングランドの人たちの思いなどを、後藤氏が紹介します。

旧ウェンブリースタジアム。2003年に取り壊された photo by Getty Images旧ウェンブリースタジアム。2003年に取り壊された photo by Getty Imagesこの記事に関連する写真を見る

【サッカーの聖地】

 先日、イタリア代表がW杯欧州プレーオフ準決勝で北アイルランドと対戦した会場は、イタリア北部の都市・ベルガモにあるニューバランス・アリーナだった。収容力2万人強の小さなスタジアムだ。

 イタリア代表のジェンナーロ・ガットゥーゾ監督によれば「サンシーロ(ミラノ)のようなビッグクラブのホームとなっている大規模スタジアムでは、他クラブの選手に対するブーイングがあって、代表チームとしての一体感が生まれないから」だそうだ。

 フランスのスタッド・ド・フランスのような中立のスタジアムがある国では、代表戦はそうした会場で行なわれることが多い(日本の国立競技場=MUFGスタジアムもそうだ)。

 スコットランドではそれがハムデン・パークであり、イングランドではウェンブリーということになる。

 ウェンブリーは言わずと知れた「サッカーの聖地」。FA(イングランド・サッカー協会)の子会社が所有するスタジアムで、カップ戦の決勝や代表チームのホームスタジアムとして使用されている。

 イングランドではスタジアムは各クラブの所有なので、他国に増してクラブとの一体性が強い。ウェンブリー完成以前はカップ戦や代表戦は各クラブ所有のスタジアムで行なわれていたが、やはりこうした試合には中立のスタジアムが必要だったのだろう。

 旧ウェンブリーが完成したのは1923年。翌24年からウェンブリー公園で開催予定だった「大英帝国博覧会」のために建設された。

 完成直後のFAカップ決勝には収容力をはるかに上回る群衆が殺到して試合開催不可能と思われたが、白馬に乗った騎馬警官が群衆を整理して試合が可能になった。これが「ホワイトホース・ファイナル」と呼ばれる伝説の試合だ(ボルトン・ワンダラーズが優勝)。入場者数は24万人とも30万人とも伝えられている。

 ウェンブリーは陸上競技などにも使える構造で、当初は博覧会終了後に解体される予定だったが、その後FAが取得して「サッカーの聖地」となった。ただ、ここで開催される試合は国際試合やカップ・ファイナルだけで、普段はドッグレースにも使われたので「世界で最も有名なドッグレース場」などと揶揄された。

 1948年のロンドン五輪ではメイン会場となり、そして1966年W杯決勝の舞台となり、イングランドが延長の末に西ドイツを破って初優勝を飾った。また、1985年にはあの有名なライヴエイドの会場になるなど、数多くのコンサートの舞台としても有名だ。

 ウェンブリーは20世紀の英国を代表する建築物のひとつだ。それに相応しい重厚な新古典主義様式のツインタワーでも知られていた。だが、時代が変わって21世紀に入るとすぐに閉鎖され、2007年には巨大なアーチをシンボルとする近代的な新スタジアムが建設された。

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著者プロフィール

  • 後藤健生

    後藤健生 (ごとう・たけお)

    1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7700試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。

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