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イタリアにユーロ優勝をもたらした友情。最期にヴィアリがマンチーニに託した言葉とは (3ページ目)

  • 利根川晶子●文 text by Tonegawa Akiko
  • photo by REX/AFLO

【30年を経て到達した欧州の頂点】

 決して真面目なだけではない。かつてと変わらない陽気さとジョークで、彼はアッズーリの選手たちに愛された。ヨーロッパ選手権では初戦のトルコ戦でチームバスがヴィアリを積み残すアクシデントがあったのだが、勝利したので、毎回ヴィアリを置き去りにすることが恒例行事となった。

 実はヴィアリはその2年前からすい臓がんを患っていた。この頃は小康状態を保っていたが、いつ再発してもおかしくない状況ではあった。後述するサンプドリアの映画のなかで、ヴィアリは病についてこう語っていた。

「今回ばかりは破るのは難しい相手だった。だから戦うのではなく、人生という旅の仲間にしようと思った。途中で離脱してくれることを待っているけどね」

 ヴィアリはあえてマンチーニには病のことを話さなかった。告白したのはアッズーリのスタッフ入りをしてからだ。

「病気のことを言えば彼が苦しむことはわかっていた。代表監督という重責にいる彼を守りたかった。でも、すでに彼は知っていた。知っていて静かに苦しんでいた。それでも僕が言いたくないという気持ちを汲んで、何も言わないでいてくれた。何も言わずにそばにいて、ただ愛情とポジティブな想いを送り続けていてくれた」

 ヴィアリは病をおして親友マンチーニを助け、マンチーニは病を知っていながらヴィアリに大事なポジションを託した。

 やがてこのことは選手たちも知るところとなり、彼らの大いなる士気のひとつとなった。

 ヨーロッパ選手権で、イタリアは周囲を驚かせながら勝ち進み、ついに決勝までたどり着いた。舞台はウェンブリー。奇しくもヴィアリとマンチーニの時代が終わったその場所だった。

 ヴィアリは常にマンチーニの数メートル後ろに控えていて、ゴールが決まるたびにマンチーニのもとへと走り寄っていた。ヴィアリはPK戦を直視できず後ろを向いていたが、ジャンルイジ・ドンナルンマが最後のPKを止めると、彼らは互いの肩で泣いていた。選手時代に果たせなかった勝利を、彼らは30年越しに手に入れた。それは一枚の絵のような、感動的なシーンだった。

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