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「敗北を運命づけられた国」ポルトガルがユーロで果たしたリベンジ (3ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

「FIFAはイングランドと結託していた」と、数十年後にエウゼビオは語っている。「私は天上の神を見上げて、あらんかぎりの大声で尋ねた。『なぜ 私たちはこのような仕打ちを受けるのですか』。返事はなかった。だが、私は答えを知っている。ポルトガルが貧しい小国であり、イングランドは裕福で力を持 ち、大会開催国だったからだ。私は泣いた。長いこと泣いた」

 エウゼビオは誤解していた。規則によれば、FIFAは準決勝のどの試合をどの会場で行なうかを自由に決めることができた。だがこうした決定が、裕福で力のあるホスト国に有利なものになりがちなのは確かだ。

  ユーロ2000では、ついにポルトガルの時代が訪れたかに思えた。準決勝の相手はフランス。先制したポルトガルだが、後半に追いつかれる。そして延長の時 間切れ間際にアベル・ザビエルがシュートを手に当てて与えたPKを、ジネディーヌ・ジダンに決められて敗れた。のちにザビエルは「意図的というより反射 的」ではあったが、ボールが手に当たったことを認めた。それでもポルトガルのファンは、不当な判定だと批判した。

 ポルトガル人は2002 年のワールドカップでも同じことをやった。しかし、このときの主張ははるかに説得力があった。ポルトガルは1次リーグで敗退したのだが、韓国に0-1で敗 れた試合は奇妙な判定が相次いだ。ジョアン・ピントはレッドカードを受けると、怒りのあまり主審にパンチを見舞った。

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