元サッカー日本代表・小林大悟が振り返る異色のキャリア ノルウェー、アメリカ、オシムジャパン (2ページ目)
【2度目の海外挑戦はMLS】
ノルウェーでの活躍もあって、2010年1月にはドイツ1部のケルンへの移籍話が浮上。練習に参加し、契約もまとまりかけていたが、突然のケルンの監督交代で移籍はまぼろしとなった。
「月曜日にチームに合流し、水曜日の紅白戦では点を取ったりしていい感じでした。ただ、木曜日に監督が代わり、補強のプランが変わったと。土曜日には正式にサインする予定だったんです......。僕自身、移籍するつもり満々で、すでにドイツにいた長谷部(誠)やその近郊のベルギーにいた川島(永嗣)らには『移籍が決まったらご飯でも行こう』って連絡していましたからね。
それでも、ヨーロッパに残りたいと代理人に相談し、決まったのがイラクリス。移籍できたのはよかったですが、ギリシャが経済破綻の真っ只中で(笑)。いま振り返ると、あそこが自分のキャリアの分岐点だった気がします」
Jリーグに復帰したあと、2013年に再び海外移籍。今度はMLSだった。
「当時は腰のケガもあったり、エスパルスの監督との関係もうまくいってなくて、自分のキャリアをどうしようかなと思っていた時期でした。最初の海外挑戦は2年で終わった。ただ、30歳手前でもう一度ヨーロッパというのは難しい。そこでMLSという選択になりました。もっと楽な道もあったとは思いますが、そっちを選ぶと自分がダメになってしまう気がしたんです。
とはいえ、年齢を重ねるにつれ、サッカーとの向き合い方は少しずつ変化していきました。『30歳すぎでアメリカにいるのに、もう一度日本代表を目指す』というのは少し違うじゃないですか。そういう意味で、アメリカではサッカー漬けの日々というよりは、休日には釣りや自然を楽しんだりしながらの選手生活だった気がします」
小林にとって唯一の代表キャップとなったのが2006年8月9日のトリニダード・トバゴ戦。イビチャ・オシム監督の初陣でもあったその一戦は、どんな記憶として残っているのだろうか。小林は56分、2点をリードした状況でピッチに入っている。
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