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【Jリーグ】韓国人GKの先駆者キム・ジンヒョンは今年18年目 セレッソ大阪がJ2降格でも移籍しなかった理由 (3ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Kei Totsuka

【ルヴァンカップ獲得の瞬間に涙】

 J2降格後もセレッソを離れなかった真意を、キム・ジンヒョンは試合後に語った。

「このチームでずっと試合に出ていて、結果を出せなかった責任を感じていた。J1だろうがJ2だろうが、自分がもっとやらないといけないと感じていたからこそ、セレッソに残ったのです」

 翌2017年シーズンの途中には、こう話している。チームの中核を担う選手としての自覚が、その言葉から浮かび上がっていた。

「長く在籍していますが、まだチームに何も残すことができていません。リーグ戦でもっと上に行きたいし、それだけでなくタイトルを取りたいと思っています」

 果たしてセレッソは、2017年に大きく飛躍する。ユン・ジョンファン(尹晶煥)監督とともにリーグ戦で3位に食い込むと、リーグカップと天皇杯の2冠を達成するのである。「自分の成長を目に見える形で示したい」と話していたキム・ジンヒョンは、ルヴァンカップ獲得の瞬間に涙をこぼした。

「自分のサッカー人生で(一度)あるかないかくらいの想いを持っていたので、すごくうれしく思っています。本当にみんなでがんばって勝ち取ったトロフィーなので、すごく感動しました」

 2018年元日の天皇杯決勝では、横浜F・マリノスの前に立ちはだかった。延長前半に2-1とリードすると、終盤のピンチを冷静なセーブでしのいだ。

「2点目は絶対に与えちゃいけない、という気持ちでプレーしていました」

 ピッチの内外で、ハードワークを課してきた。

「サッカーに対して真面目な姿勢で取り組んでいるところを、周りの人たちに認めてもらう。そうしないと、ピッチのなかでいい関係を築けません。選手としても年齢は重ねてきたけれど、学ぶことはたくさんありますからね」

 2026年シーズンのセレッソのGKグループには、元日本代表の中村航輔が新たに加わった。昨シーズンのリーグ戦で30試合に出場した福井光輝、195cmのサイズを持つ18歳のイシボウ拳と4人で、キム・ジンヒョンはお互いを高め合っていくことになる。

 競争のレベルは高い。だからこそ、進化を止めない38歳のプレーが興味深い。

著者プロフィール

  • 戸塚 啓

    戸塚 啓 (とつか・けい)

    スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本サッカー』(小学館)

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