【Jリーグ】韓国人GKの先駆者キム・ジンヒョンは今年18年目 セレッソ大阪がJ2降格でも移籍しなかった理由 (2ページ目)
【J1の複数クラブからオファー】
来日は2009年である。韓国の大学を卒業後、KリーグのクラブでプレーすることなくJリーグにやってきた。
デビューシーズンがJ2だったのは、彼にとって幸運だったかもしれない。香川真司と乾貴士を擁するセレッソは、J2屈指の攻撃力を誇るチームだった。主導権を握るゲームは多く、序盤から昇格争いを演じていった。
移籍1年目のキム・ジンヒョンは、勝利をつかみながら日本のサッカーに慣れていくことができた。失点から得るものはあり、敗戦は教訓となるが、勝つことで得る自信は大きい。プロ選手としてデビューしたばかりの彼にとって、勝利は精神的な安定にもつながったはずだ。
翌2010年からは、J1へ復帰したチームとともに実績を積んでいった。
192cmのサイズを生かし、ハイクロスの対応で抜群の安定感を誇った。歴代の指揮官からは、シュートストップの技術も評価された。伸びのあるセーブでゴールマウスを幅広くカバーするだけでなく、セーブ後の身体の立て直しが早いのである。すぐにまたシュートに反応できる態勢を作り出すことで、2度目、3度目のセーブを可能にした。
キャリアの転換点は加入7シーズン目の2015年だっただろう。チームは2014年のJ1でJ2降格が決まり、キム・ジンヒョンにはJ1の複数クラブからオファーが届いた。しかし、セレッソへの残留を決意する。
「ここまで成長できたのは、チームとサポーターの支えがあったから」
セレッソは2015年のJ2で4位に終わり、2016年もJ2で戦うこととなる。キム・ジンヒョンは2015年早々のアジアカップで韓国代表の正GKを務めており、代表での地位を固めるならJ2よりもJ1でプレーするほうがいい。
しかし、ここでも彼はセレッソへの忠誠心を示したのだった。
2016年はJ2で4位となり、チームはJ1昇格プレーオフに挑む。ファジアーノ岡山との決勝戦では、キム・ジンヒョンが後半早々のピンチをしのいだ。守備からリズムを作り出したセレッソは、52分にCKから先制点を奪取する。そのまま1-0で逃げ切り、3年ぶりのJ1復帰を果たしたのだった。
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