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【Jリーグ連載】読売クラブに憧れた"サッカー小僧"の回顧 アポなしでクラブ事務所を訪ねてチーム入りを直談判した

  • 浅田真樹●取材・文 text by Masaki Asada

東京ヴェルディ・アカデミーの実態
~プロで戦える選手が育つわけ(連載◆第36回)

Jリーグ発足以前から、プロで活躍する選手たちを次々に輩出してきた東京ヴェルディの育成組織。その育成の秘密に迫っていく連載の第3章。ここからは、同クラブのアカデミーで育ち、指導者としても後進の育成に尽力してきた菊原志郎氏と冨樫剛一氏が、同アカデミーの歴史、伝統、環境、哲学、本質......すべてを語り尽くしていく――。

第35回◆東京ヴェルディのアカデミーでしか身につけられないものとは何か?>>

 天才と称される数々の逸材を生み出してきた、東京ヴェルディのアカデミー。前身である読売クラブ時代を含め、その環境に憧れるサッカー少年は少なくなかった。

 自身もアカデミー出身で、のちにヴェルディでJリーグデビューを果たしたばかりか、トップチームの監督も務めた冨樫剛一(現横浜F・マリノスユース監督)もそのひとり。冨樫が読売を知るきっかけとなったのは、当時のサッカー専門誌だったという。

「都並(敏史)さん、戸塚(哲也)さん、上島(康夫)さん、大友(正人)さんが"読売クラブのヤングカルテット"として表紙になっていたんです」

 当時の冨樫は、「サッカー雑誌を端から端まで読むのが好き」という、超のつくサッカー小僧。愛読誌の表紙を見た瞬間、「うわっ、カッコいい!」と、たちまち心を奪われた。

 同じ小学校の友人たちは日産自動車(横浜F・マリノスの前身)のファンが多く、「僕ひとりだけが読売(のファン)みたいな状態」だったが、その愛は揺るがなかった。

「僕が通っていた小学校のチームは、横浜市内でそこそこ強かったんですけど、その先、(中学生になったら)どうしようかなって考えるなかで、たまたまサッカー雑誌に読売クラブの特集があって......」

 またしても、愛読誌が冨樫の心を動かした。

「そのなかで育成の仕組みも紹介されていて、(トップチームを頂点とした)ピラミッドになっていることを知ったんです。『それなら、ここでやりたい!』って思いました」

 ちなみに、前述の表紙を飾った4人のうち、大友を除く3人も、自前の育成組織からトップに昇格してきた選手たちである。

 思い立ったら、冨樫少年の行動は早かった。

読売クラブ入りを熱望し、冨樫少年はすぐさま東京都稲城市のよみうりランド内にある事務所に向かった... photo by Miki Sano読売クラブ入りを熱望し、冨樫少年はすぐさま東京都稲城市のよみうりランド内にある事務所に向かった... photo by Miki Sanoこの記事に関連する写真を見る

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