【夏の甲子園2026】「青春って密なので」の原点はあの夏の惨敗 仙台育英・須江航が明かす"日本一1000日計画"のすべて
名将たちの甲子園初出場物語
須江航(後編)
前編:「2018年8月12日を一生忘れない」 仙台育英・須江監督が語る、惨敗から始まった日本一への物語はこちら>>
仙台育英の須江航監督は、基本的に緊張することはないという。甲子園という大舞台であっても、自分は動揺しないだろうと思っていた。
ところが、初めての甲子園でのシートノックを終えると、捕手の選手から「先生、ノックの順番を飛ばしていましたよ」と指摘を受けた。
「後にも先にも、そんなことはこの時だけでした」
須江監督はそう言って、頭をかいた。
2022年夏に東北勢として初の日本一を果たした仙台育英・須江航監督 photo by Ryuki Matsuhashiこの記事に関連する写真を見る
【継投ならぬ"継捕"で挑んだ浦和学院戦】
仙台育英の学生コーチを務めた高校3年時に、記録員として春夏連続で甲子園のベンチに入った経験がある。春の選抜は準優勝しており、ベンチから見える景色にはすっかり慣れたはずだった。ところが、監督として初めてやってきた甲子園は、観客の数が尋常ではなかった。
「100回大会でお客さんもたくさん入っていて、こんな大観衆(4万1000人)は見たことがありませんでした。高校時代の夏の甲子園は初戦ですぐ負けてしまいましたし、3万人以上の観客が入っている甲子園は初めてでした」
立ち上がりから、仙台育英は劣勢に立たされる。先発右腕の田中星流が浦和学院の5番打者・佐野涼弥に2点適時二塁打を浴びた。その裏の攻撃で、須江監督は浦和学院の先発右腕・渡邉勇太朗(西武)の恐ろしさを目の当たりにする。
「ベンチに帰ってきた1番から3番までの選手が、次々に『スライダーが見えないです』って言ってくるんです。今まで見たことのない曲がり方だと。『これが高卒でプロに行く投手の球なんだ』と知りました。甲子園に出場するレベルの投手の球と、ドラフト上位指名でプロに行く投手の球では、超えられない差があるんです」
この夏、仙台育英は特殊な戦術を採用していた。3人の捕手を小刻みにつなぐ「継捕」という戦術である。
浦和学院戦も、先発マスクはチーム一の強肩である我妻空。4回裏に打撃力の高い鈴木悠朔が代打で登場すると、そのまま守備へ。8回裏には攻守にバランスの取れた阿部大夢が代打出場、そのままマスクを被っている。
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著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。




















