【Jリーグ】ガンバ大阪では3冠獲得に貢献 パトリックのプレーは大胆かつ豪快、ピッチ外では謙虚そのもの
Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち
【第29回】パトリック
(川崎フロンターレ、ヴァンフォーレ甲府、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島、
京都サンガF.C.、名古屋グランパス、ツエーゲン金沢)
Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。Jリーグの歴史に刻印された外国人選手を、1993年の開幕当時から取材を続けている戸塚啓氏が紹介する。
第29回はパトリックを取り上げる。2013年の川崎フロンターレ入りをきっかけにJ1の6クラブを渡り歩き、2025年からはJ3のツエーゲン金沢でプレーしている。Jリーグ14年目のシーズンを迎える38歳は、Jリーグの歴史に静かに、しかし確かにその名を刻印している。
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パトリック/1987年10月26日生まれ、ブラジル・マカパ出身 photo by Nikkan sports/AFLOこの記事に関連する写真を見る パトリックことアンデルソン・パトリック・アギアル・オリヴェイラは、12年間で6つのJ1クラブに在籍し、J1リーグ戦328試合出場を記録している。外国人選手ではセレッソ大阪ひと筋のGKキム・ジンヒョン、鹿島アントラーズや横浜F・マリノスで活躍したFWマルキーニョスに次いで歴代3位に食い込む。
また、昨シーズンはJ3に戦いの場を移し、ツエーゲン金沢で33試合に出場した。2026シーズン中にJリーグ通算400試合出場を達成する可能性もある。
J1通算101ゴール。外国人選手ではマルキーニョス、ウェズレイ、ジュニーニョ、エジミウソンに次ぎ、アンデルソン・ロペスと並ぶ数字だ。そもそも100ゴール以上を記録している選手は、日本人を含めてもわずか17人である。このふたつのデータを紹介するだけで、パトリックという選手の足跡の大きさがわかるはずだ。
しかし、Jリーグへのデビューは、ひっそりとしたものだった。
風間八宏監督が指揮する川崎フロンターレでプレータイムを確保できず、2013年7月にヴァンフォーレ甲府からのオファーを受けて移籍する。J1残留を目指すチームで得点源となったものの、パトリックはJリーグでのキャリアを一度、ここで止めることになる。
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著者プロフィール
戸塚 啓 (とつか・けい)
スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専
門誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より 7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグ ワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本 サッカー』(小学館)
























