【Jリーグ連載】東京ヴェルディユースのプレミアリーグ復帰、横山暁之の率直な思いは「ありがとう!」だった
東京ヴェルディ・アカデミーの実態
~プロで戦える選手が育つわけ(連載◆第22回)
Jリーグ発足以前から、プロで活躍する選手たちを次々に輩出してきた東京ヴェルディの育成組織。この連載では、その育成の秘密に迫っていく――。
自らが育った東京ヴェルディのアカデミー時代について語る横山暁之 photo by Fujimaki Gohこの記事に関連する写真を見る
◆第21回:東京Vユースのプレミアリーグからの降格を横山暁之はどう見ていたか>>
1993年のJリーグ誕生当初、圧倒的な人気と実力を誇った東京ヴェルディ(創設当時はヴェルディ川崎)が、時代の移ろいとともにJ2降格となったのは、2006年のこと。2008年に一度はJ1復帰を果たすも、わずか1シーズンでJ2再降格となって以降、2024年のJ1昇格まで、長らくJ2クラブであり続けた。
だがしかし、2006年当時、9歳だったサッカー少年にとって、それがJ1クラブであろうと、J2クラブであろうと、大好きなことに変わりはなかった。
「まったくそんなの(J2降格で気持ちが離れることは)なかったです。僕はヴェルディが好きだったので。それ以外のクラブのことは、考えていませんでしたね」
そう語るのは、現在ジェフユナイテッド千葉に所属する横山暁之。彼はヴェルディファンだった父親の影響を強く受け、幼稚園の年長の時からヴェルディのサッカースクールに通っていた。
「東京に住んでいて、一番身近なクラブだったっていうのもあったし、小学生の頃は父や小学校の友人とかと、よく試合を見に行ってゴール裏で応援していたので、ヴェルディでサッカーをやりたいなっていう気持ちは強かったですね」
ヴェルディは長らくJ2にいたことで、近年はアカデミーの選手獲得競争でも後れをとることが多くなったと聞くが、「いや、僕の時は、まだまだ(ヴェルディが)トップだった気がします」とは、横山の回想だ。
「実際、(同年代の)どの選手がどうだったか(どのクラブのアカデミーに選んだか)はわからないですけど、自分自身のなかでは、育成のトップはヴェルディでした」
小学生時代、ヴェルディのスクールに通っていた横山は、そのまま内部昇格に近い形でジュニアユースチームに加入した。
「小学6年生の時に、スクールのなかでもスペシャルコースみたいなのがあって、そこでコーチの永田(雅人)さんが僕のことをすごく気に入ってくれたんです。僕は背も小さかったし、町田市のトレセンに入るのがやっと、みたいなレベルだったんですけど、それでも(ヴェルディのジュニアユースに)入れたのは、永田さんのおかげが大きかったと思います」
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