【Jリーグ】セザール・サンパイオはボランチの概念を変えた 伝説の「天皇杯優勝」は相棒・山口素弘との集大成 (3ページ目)
【あの日の感情を表わすのは難しい】
それはそうだろう。現役の日本代表とブラジル代表がコンビを組んだのだ。
ふたりの連係はシーズンを重ねるごとに深まっていき、エバイールもジーニョも去った1998年にピークに達した。リーグ戦では年間7位にとどまったものの、天皇杯優勝を勝ち取ったのである。優勝とともにクラブが消滅した、日本のサッカー史に刻まれた清水エスパルスとの決勝戦に、サンパイオも出場している。
行き先を決めていない雑談は、知らず知らずのうちに天皇杯へ向かっていった。「とても、とても、とても、印象に残っている。僕のキャリアで忘れることのできないものだね」と、サンパイオも特別な感情を吐露した。
「準々決勝で磐田に、準決勝では鹿島に勝った。その年のJリーグはファーストステージ優勝が磐田で、セカンドステージは鹿島だった。磐田にはリーグ戦でひどい負け方をしていたから(2試合ともに0-4)、天皇杯では何としても勝ちたかった。逆に鹿島にはリーグ戦で連勝していたから、油断せずに勝ちとらないといけないと思っていた」
鹿島を1-0で退けたフリューゲルスは、清水エスパルスとの決勝戦に臨む。1999年元日の国立競技場は、それまでも、それ以降も決して漂うことのない空気に包まれていた。
「あの日の感情を表わすのは難しいね」と、サンパイオは難しい表情を浮かべた。オフ・ザ・ピッチでは天真爛漫な笑顔が印象的な彼が、表情から明るさを消した。それぐらい過酷な経験だったのだろう。
「清水に勝った瞬間は、もちろんうれしかった。タイトルを獲得できたんだからね。チームはなくなってしまうけど、これでフリューゲルスの名前が天皇杯という大会に永遠に刻まれる。それはとてもうれしくて、誇らしかった。同時に、このチームで戦う最後の試合だと思うと、うれしさよりも寂しさのほうが大きかった気がする」
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