【Jリーグ連載】「常に"股を狙う"」東京ヴェルディユースの元主将にとって「ヴェルディっぽいな」はこれ以上ない誉め言葉だった
東京ヴェルディ・アカデミーの実態
~プロで戦える選手が育つわけ(連載◆第30回)
Jリーグ発足以前から、プロで活躍する選手たちを次々に輩出してきた東京ヴェルディの育成組織。この連載では、その育成の秘密に迫っていく――。
東京ヴェルディのアカデミーの特徴について語る中野雅臣 photo by Sano Mikiこの記事に関連する写真を見る
第29回◆東京Vのアカデミーは「"本気で"サッカーを楽しんでいる人たちの集まり」>>
かつて東京ヴェルディユースのキャプテンを務めた中野雅臣。ジュニアユースからヴェルディのアカデミーで育ち、晴れてユースからトップ昇格をつかんだが、その後はプロとして思うような活躍ができたわけではない。
トップ昇格後のJリーグ出場記録は、J2で25試合。その他には、いわてグルージャ盛岡所属時に記録したJ2での13試合、J3での29試合があるだけだ。
中野は2023年、JFLのレイラック滋賀FCに所属したのを最後に、現役引退を決断した。
「やっぱり気持ちのところじゃないですかね」
プロサッカー選手としての成否について尋ねると、中野はそうつぶやいた。
「ヴェルディに入って、ジュニアユースの時も、ユースの時も、自分よりうまい選手がいる環境に身を置きながらやってきて、それはプロになっても一緒なので、そこで気持ちの変化があったわけではないんですけどね。でも本当に......、やっぱり気持ちの部分がデカいなっていうのは感じています」
たとえば、中野のアカデミー時代の同期には、現在も鹿島アントラーズでプレーする三竿健斗がいる。
中野によれば、「(三竿)健斗はすごく真面目で、どうやったら自分の特長をより出せるかとか、自分に足りないものは何かっていうことを考えながら、それを突き詰めてやっていく選手でした」。三竿のその姿勢は中学時代も、高校時代も、ずっと変わることがなく、だからこそ、彼のプロでの活躍は「納得ですね」と中野も認める。
しかし、プロとしての成功を手に入れられなかった中野も、それでもなおヴェルディでのサッカーが楽しかったという思いに変わりはない。
「他に行っていたら、どうなっていたのかはわかりませんけど、でもヴェルディにいられてよかった。サッカーをやっていて楽しかった。それが一番です」
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