【Jリーグ連載】東京ヴェルディユースのプレミアリーグ復帰に、中野雅臣は「めっちゃホッとしました」 (2ページ目)
選手育成に優れた環境のなかで、中野は順調に成長を遂げていった。
高校2年生ではU-17日本代表にも選出され、2013年U-17ワールドカップに出場。「当時はすごく自信になっていました。そこ(代表活動)から戻ってきた時は、もっと上を目指そう、このままじゃダメっていう気持ちになりました」。
だがしかし、ユース年代最後のシーズンとなる2014年に待っていたのは、望まざる悲劇である。
この年、ヴェルディユースが高円宮杯U-18プレミアリーグEAST(以下、プレミアリーグ)で苦戦を続ける一方、トップチームもまたJ2で不振にあえいでいた。
下位低迷が続き、J3降格危機にあったトップチームは、9月に監督の三浦泰年を解任。代わってトップチームを指揮したのは、それまでユースチームを率いていた冨樫剛一だった。有り体に言えば、ただでさえ苦しい状況にあるユースチームが、とばっちりを受けた格好である。
とはいえ、突如の監督交代にも「チームが動揺するようなことは全然なかった」と中野。「トップもかなり大変な状況だったので、どこかのタイミングで冨樫さんが(トップチームに)行くのかな、みたいな感じではみんなで話していました」。
だが、それでも一度失った流れを変えることは簡単ではなかった。
結局、プレミアリーグ制覇からわずか2年、高円宮杯U-18プリンスリーグ関東(以下、プリンスリーグ)への降格が決まったヴェルディユースは、10年の長きにわたり、雌伏の時間を過ごすことになったのである。
「自分が落としてしまったという意識は、すごくありました」
そう語る中野は、ユースチームからトップに昇格したあとも、そして今治FC、いわてグルージャ盛岡、レイラック滋賀FCと渡り歩くなかでも、ヴェルディユースの結果は「めちゃめちゃ気にしていました。ずっと見ていましたね」と明かす。
早くプレミアリーグに戻ってほしい――。そんな気持ちは、心のなかに深くとどまったままだった。
「プレミアリーグは、ヴェルディユースがいなければいけない場所だと思うので、早く上がってほしいという気持ち。それと、申し訳なさ。それはずっとありました」
はたして昨年、プリンスリーグをぶっちぎりで制したヴェルディユースは、プレミアリーグ参入プレーオフも勝ち上がり、10年がかりでプレミアリーグに復帰した。
その一報は、中野をどんな感情にさせたのだろうか。
そんなことを問うと、11年前のキャプテンは満面の笑みを浮かべ、間髪入れずに即答した。
「ホッとしました。めっちゃホッとしました」
(文中敬称略/つづく)
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