検索

【Jリーグ】ガンバ歴代最強の助っ人エムボマ 息子も父と同じ左利きのFWとして活躍中

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Totsuka Kei

Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち
【第21回】パトリック・エムボマ
(ガンバ大阪)

 Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。Jリーグの歴史に刻印された外国人選手を、1993年の開幕当時から取材を続けている戸塚啓氏が紹介する。

 第21回はパトリック・エムボマを取り上げる。「規格外」という言葉は、この男にこそ当てはまるだろう。1997年のガンバ大阪加入当時は、日本ではほぼ無名の存在だったと言っていい。

 しかし加入1年目からケタ外れの身体能力を発揮し、ゴールを量産していった。チームにタイトルをもたらすことはできなかったものの、「ガンバの助っ人外国人で歴代最強」との呼び声は高い。

   ※   ※   ※   ※   ※

パトリック・エムボマ/1970年11月15日生まれ、カメルーン・ドゥアラ出身 photo by AFLOパトリック・エムボマ/1970年11月15日生まれ、カメルーン・ドゥアラ出身 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る エムボマ伝説は、Jリーグデビュー戦から始まる──。1997年4月12日、ガンバ大阪のホーム万博競技場で行なわれたベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)との一戦で、このカメルーン人ストライカーは初ゴールを決めた。

 ペナルティエリア左手前で突破を仕掛けると、相手DFに当たったボールが空中に跳ね上がる。このボールを、左右両足を伸ばして2度つつき、利き足の左足でシュートへ持ち込める態勢を作り出す。そのまま左足ボレーで叩くと、ゴール右上へぶち込んだ。「蹴り込む」でも「突き刺す」でもなく、「ぶち込んだ」のである。それぐらいパワフルでダイナミックだった。

 翌第2節は、横浜マリノスとのアウェーゲームだった。ここでまた、エムボマは周囲の度肝を抜く。

 ペナルティエリア手前でパスを受けると、ゴールを背にしながら右へ左へとステップを踏み、相対する井原正巳を翻弄する。

1 / 4

著者プロフィール

  • 戸塚 啓

    戸塚 啓 (とつか・けい)

    スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本サッカー』(小学館)

【写真】次世代のなでしこジャパンのエース候補・眞城美春

キーワード

このページのトップに戻る