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【Jリーグ】佐藤寿人は森保監督の言葉で原点を見つめ直した「ストライカーの責任から逃げていた」 (2ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei

【森保監督のマネジメント能力】

 そうした意識の変化に加え、チームメイトにも助けられました。あの年は22ゴールを挙げて得点王に輝いたんですけど、特別に調子がよかったかと言われれば、感覚的には前の年とそれほど変わっていないんですよ。

 ただ、点を取るためには2シャドーとの関係性が重要で、その意味では(石原)直樹が加入したことは大きかったですね。

 直樹はそんなに大きくはないですけど、身体が強くてボールが収まるんです。それに彼は1トップにも対応できる選手でした。

 実はあの年、僕は90分出続けることが減ったんですよ。特に夏の一番タフな時期は、70分くらいに交代することが多かった。僕が下がって、シャドーの選手を入れて、直樹が前線に上がる交代がほとんどでした。

 そうした起用法になることは、開幕前に森保さんから伝えられていたんです。「今年は90分出ることにこだわらないでほしい」と。

 サッカー選手である以上、やっぱり90分間出たいですし、ピッチに立ち続けてより多くのゴールを取りたいという思いを持っています。パフォーマンスが悪ければしょうがないですけど、いいプレーができているのに交代させられるのは、納得いきません。

 でも森保さんは、シーズンを通して考えて、僕をフル出場させない決断を下したんです。いいコンディションでプレー続けてほしいから、余力があっても交代させることはあると言われていました。

 実際に夏場には交代が増えたのですが、コンディションが落ちずにコンスタントに結果を出すことができました。大事な終盤戦はフル出場が増えましたけど、長いシーズンを見据えたうえでの森保さんのマネジメント能力が、優勝を成し遂げるうえで大きかったと思います。

 広島は「地理的に不利なチーム」だと言われています。特にナイターで行なわれる夏場は、移動のダメージがより顕著になります。その夏場を乗り越えることが、優勝へのひとつの関門と言えましたが、何とかそこで崩れることなく上位をキープできたことが、今振り返ると大きかったですね。

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