【Jリーグ】鹿島・三竿健斗「ブレていたことに気づいた」 鬼木監督が自分の強みを思い出させてくれた (4ページ目)
【昔のギラギラした自分はどこへ】
2016年に東京ヴェルディから加入した三竿は、鹿島が最後に手にしたリーグ優勝を知る数少ない選手のひとりになった。一方で、2017年には最後の最後で、タイトルを逃した悔しさも味わっている。
「ラスト10試合、5試合でどれだけ勝ち点を獲り続けられるかが、優勝するうえでは重要だと思っています。今、いくら首位に立っていても、そこから勝てなければ何の意味もない。特に僕のなかでは、2017年に最後の最後で優勝を逃したことは、今でも心に残っている。
あれを経験して、ホントに最後の最後に勝ち点3を取って、勝たなければ優勝することはできないということを実感したので。だから、残り試合すべてを勝てるように、チームに少しでも隙があれば、強く訴えようと思いますし、そうならないように自分の行動や言動で引っ張っていきたいと思います」
あの時は若手だったが、経験を積んだ今はできること、やれることが増えている。
転機となった横浜FM戦のハーフタイムで交代を告げられ、悔しさを隠しきれなかった時、もうひとつ思ったことがあった。
「子どもが生まれてから、そこまで感情を表に出すようなことがなくなっていたというか。どこか落ち着いてしまっているところが、自分のなかではひとつ悩みでもあったんです。ギラギラしていたというか、昔の自分はどこに行ってしまったのだろう、みたいな。
でも、(交代を告げられ)自分自身に憤(いきどお)っている時に、どこか懐かしさというか、俺ってまだこんなに熱くなれるんだってうれしくなりました」
来年には節目となる30歳を迎えようとしている。丸くなるのはまだ早い。
「マジで自分はここからだと思っています。昔から、サッカー選手として輝くのは30歳を過ぎてからだなって思っていたんです。だから、このタイミングでオニさんと出会えたことも、幸運だと思っています」
再び自分の牙を研ぎ澄ませようとするそのアップデートは、個を成長させ、チームをもさらに成長させていく。現状に満足せず、1勝にも満足せず、一切の隙を見せず、高みを目指し続ける。
<了>
【profile】
三竿健斗(みさお・けんと)
1996年4月16日生まれ、東京都武蔵野市出身。横河武蔵野FCジュニアユースを経て東京ヴェルディの下部組織に所属し、2015年3月のセレッソ大阪戦でJリーグデビュー。2016年に鹿島アントラーズに移籍し、ボランチやCBとして活躍する。2022年にポルトガルのサンタ・クララ、2023年にベルギーのルーヴェンでプレーしたのち、2024年7月に鹿島へ復帰。2017年12月の韓国戦でA代表デビュー。ポジション=MF。身長181cm、体重73kg。
著者プロフィール
原田大輔 (はらだ・だいすけ)
スポーツライター。1977年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めたのち独立。Jリーグを中心に取材し、各クラブのオフィシャルメディアにも寄稿している。主な著書に『愛されて、勝つ 川崎フロンターレ「365日まちクラブ」の作り方』(小学館クリエイティブ)など。
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