イニエスタが5年間で神戸に残したもの 「バルサ化」の夢ではなく「勝者の啓発」だった (3ページ目)
【「まだやれる」という自負も】
結果、古橋は移籍先のセルティックでもすぐ結果を叩き出し、昨シーズンは得点王、MVPにも輝いている。
2022年に古橋が退団すると、徐々にイニエスタは孤立していった。大迫勇也、武藤嘉紀が復調して影響力を増し、前線からのプレッシングとカウンターを駆使した戦いに変更。イニエスタがいると、どうしてもプレスに綻びが出てしまい、全体のラインが下がり、浮いた存在になった。
「バルサ化」
そんなお題目は有名無実と化した。
2023年シーズン、イニエスタには居場所がなくなっていた。
「この数カ月は難しい時間を過ごしてきました。ピッチでプレーするために最善を尽くしてきましたが、監督にとって答えは『ノー』だったということで、ここでプレーを続けるのは難しいと判断しました」
札幌戦のイニエスタは試合勘の鈍さを露呈させていた。ワンツーひとつとっても味方と合わない。ほとんど前を向いてボールを触れなかった。
「スーパーマンはいないので、4、5カ月も試合をしていないと、最高のレベルを出すのは厳しいです」
無念そうに語った彼は、「まだやれる」という自負があるのだろう。その執着こそ、彼を世界最高の選手にした。負けを認めたら終わりだ。
ゴール裏のサポーターから大歓声を受けたイニエスタは、自画像の垂れ幕を見つめながら目元を拭った。5年間という在籍期間は短くはない。ふたりの子供も生まれた。渦巻く思いがあったはずだ。
セレモニーの最後、チームメイトから胴上げされた。イニエスタに敬意を払わない選手はいない。8度、宙を舞った。その光景こそ、彼が日本に残した集大成だったかもしれない。
新天地は未定だ。
著者プロフィール
小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
フォトギャラリーを見る
3 / 3