興梠慎三が明かす札幌移籍と浦和への復帰を決めた理由「ミシャのためなら、自分の体が壊れてもいいぐらいに思っていた」 (4ページ目)
うまくいかないことが多かったが、チームメイトには元浦和の駒井善成や大谷幸輝、ベテラン小野伸二らがおり、彼らと一緒に過ごすことで気持ちを落ち着かせた。浦和時代に"ミシャサッカー"全盛時を経験している駒井とは、その頃のことを懐かしむこともあったという。
札幌に在籍した2022年シーズン、興梠は21試合出場5得点1アシストという成績に終わった。
「ミシャを胴上げしたい」と、いろんなリスクを抱えて移籍した興梠。そこまでペトロヴィッチ監督を信頼し、"恩返し"を考えているのはなぜなのだろうか。
「僕が今日まで20年間、サッカーを仕事にしてこられたのは、ミシャのおかげです。改めてサッカーって面白いと思わせてくれたし、成長させてもらった。
でも僕は、ミシャにタイトルをひとつ(2016年ルヴァンカップ)しか贈ることができず、(ミシャが)レッズを去った時は本当にショックで、悲しかった。独身だったら、間違いなくミシャを追いかけていったと思います。
僕もそろそろ引退を考える頃で、ミシャに恩返しできる時間が少なくなってきた。だから『ひとつでもタイトルを』と思って札幌に行ったのですが、それが叶えられなくて......。完全に力不足でした」
ペトロヴィッチ監督をそれだけ敬愛しながらも、結果的には1年で浦和に戻る決心をした。それは、どうしてだろうか。
「1年で札幌から帰るということは考えていなかったです。でも、自分がプロとして100%で試合に臨めるのって、『今年で最後かなぁ』というのを考えたら、レッズに戻って引退するのがベストだなと思いました。それを、サポーターにも約束というか、公表していたので」
熟考の末、最終的にはこのタイミングを逃したら「もうレッズには戻れない」と思い、浦和復帰を決断した。
「ミシャには一番最初に『レッズに戻る』と伝えました。ミシャは『おまえは、札幌か、戻るなら浦和だな』と理解してくれました。『ありがとう』と言われたので、僕も『感謝の気持ちでいっぱいです』と伝えました」
プレーヤーとして、もうペトロヴィッチ監督と一緒に戦うことはないだろう。いろんな思いを抱えて、興梠は浦和レッズに帰還した。
◆インタビュー(2):レッズでの引退を決めている興梠慎三の覚悟>>
興梠慎三(こうろき・しんぞう)
1986年7月31日生まれ。鵬翔高卒業後、2005年に鹿島アントラーズ入り。2008年には主力となって、数々のタイトル獲得に貢献する。2013年に浦和レッズに移籍。前線の起点として、また得点源として活躍した。その間、2016年リオデジャネイロ五輪にオーバーエイジ枠で出場。2022年に北海道コンサドーレ札幌へ期限付き移籍して、今季浦和に復帰した。
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