サガン鳥栖の改革はここから始まった。SDが語る「降格候補」からのシンデレラストーリー (3ページ目)
【昨季は始まりの一歩にすぎない】
J2でもがき苦しみ、東京五輪代表も落選した岩崎悠人は、日本代表に選ばれている。「天才レフティ」のまま燻っていた堀米勇輝も、鮮やかなFKを直接叩き込むなど覚醒。宮代大聖(現川崎)も、「本格派」の正体が見えてきた。ジエゴ(柏)、福田晃斗、小泉慶(FC東京)、原田亘、田代雅也なども額面以上の活躍を見せた。急激にポジション争いが激しくなり、チーム力も着実に底上げされた。
小林にとって、昨シーズン至高の一戦は横浜FM戦(第22節)だと言う。相手のレベルの高さに感化されたのもあった。自分たちの力が引き出された感覚で、真っ向勝負でボールを握り、互角に戦うことができた。宮代が決めたゴールは理想に近かった。全員が前向きでボールを触って、迫力を持ってゴールに殺到してネットを揺らした。
「でも、昨シーズンは土台であって、始まりの一歩を踏めたにすぎないと思っています」
小林は静かな口調で言った。
「新シーズンは、単なる延長線上にあるものではなくて。仮説をもって実現する、ということを繰り返しやっていきたいですね。健太さんには、何かを要求することはなく、どうやって選手のよさを引き出し、いろんなことを解決していくのか、指導者としての余白を残し、一緒に見守りながらやっていきたいと思っています」
彼が川井監督に余白を残すように、川井監督も選手にヒントを与えるだけで、答えは各々が出す構造ができあがっている。クラブにいる全員がそれぞれ考える「個人主義」が生まれたことによって、チームの魅力を増した。プレーモデルは大事だが、そこからはみ出せるプレーこそが相手を苦しめ、味方を助けるのだ。
「何も知らない1年目のほうが、囚われずにできたのもあって。それでうまくいった、なんてことはよくあることで、それかもしれないよ、って周りには話しています」
小林SDは悪戯っぽく笑った。川井・鳥栖2年目の心づもりはできていた。
著者プロフィール
小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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