サガン鳥栖の改革はここから始まった。SDが語る「降格候補」からのシンデレラストーリー
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昨シーズンを11位で終えたサガン鳥栖の川井健太監督この記事に関連する写真を見る 2022年11月3日、鳥栖。J1リーグ最終節のサンフレッチェ広島戦を翌々日に控えたスタジアムで、サガン鳥栖の川井健太監督の声が響いていた。太い声ではないが、不思議なほどによく通った。
「いいパスじゃないと戻ってこないよ」「今、言ったのはヒントね!」「長いボールじゃないよ、長いパスね」「おそらく、次の試合はこういう景色になるから」......。
概念的、抽象的なものを、端的に具体的に選手へ伝えていた。論理的だが、説明的ではない。ロックンロールのようなスピード感のある練習のなか、川井監督が発する言葉がシャウトするサビのように響いた。
そんなトレーニングの積み重ねが、11位という順位以上の"躍進"を生んだのだろう。
昨シーズン、川井監督は「残留」をひと言も口にせず、最低条件をクリアした。J1の控えに甘んじ、あるいはJ2でくすぶっていた選手を束ね、ボールを握った能動的サッカーを実行。横浜F・マリノスや川崎フロンターレという強豪とも真っ向から渡り合った。サッカー関係者の間では「どんな回路があるの?」と話題になり、多くの指導者が練習場に視察に訪れたほどだ。
しかし、川井監督自身は無名に近かった。J2の愛媛FCを監督として率いていたものの、成績は特に目立たず、一昨シーズンはJ2のモンテディオ山形でコーチだった。選手としてのキャリアもないに等しい。
「川井・鳥栖」
それに賭けたクラブの「強化」に奇跡の出発点はあった。
「2018年に(川井)健太さんが愛媛で監督をしていて、試合を見ながら"若くシュッとした監督が出てきたな"と注目していた。戦力的なところでうまくいかないところはあったけど、(チームとして)何がやりたいかわかる、というのに惹かれました」
昨年11月、新たにスポーツダイレクター(SD)に就任した小林祐三は、そう振り返る。小林は柏レイソル、横浜FM、そして鳥栖でDFとして長く活躍。昨シーズンはそれまでも実質上はスポーツダイレクターに近い強化担当者として活動しており、川井監督の招聘を強力に推し進めた人物である。
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プロフィール
小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。