オファーはJ3クラブのみ。その時、
播戸竜二は初めて「引退」を考えた (2ページ目)
播戸が前所属の大宮アルディージャから「来季は契約しない」と伝えられたのは、昨年の11月終わりのことだった。
チームのJ2降格が決定的となった中で、播戸にはこれまでの経験から「契約の延長はしてもらえないだろうな」という予感があったという。だからこそ「次のステップに行くなら、早く結論がわかったほうがいい」と代理人を通してクラブに確認してもらい、契約延長がないことを告げられた。
「一昨年に続き、昨シーズンもケガで離脱している期間が長かったからね。ある程度、覚悟していたところもあった。ただ、体としては『正直、厳しくなってきたな』という自覚はあったものの、9月に負ったケガから復帰してからはコンディションが少しずつ上がってきているのを感じていたから。戦う場所が変わっても、『やれる』という気持ちはあったし、むしろ『来季はどこでやれるんかな』くらいの感覚でいた。それが、J1リーグではなくても、ね。そういう意味では、自分に対する自信もあったし、だからこそ、大宮から契約満了を告げられても"引退"を考えるようなことはまったくなかった」
だが、その播戸の心にあったはずの"自信"は12月に入り、時間の経過とともに薄れていく。
体の状態が万全ではなかったことと、「Jリーグでこれだけのキャリアを積み上げてきた自分がわずか1試合、しかも30分で評価されたくない」という考えから、合同トライアウトも受けずにオファーを待ったが、話があったのはFC琉球のみ。突きつけられたのは、あまりに厳しい現実だった。
「自分としては正直、大宮との契約がないことが明らかになったら、いくつかのチームが手を挙げてくれると思っていたけど、話をもらったのはJ3リーグのFC琉球だけ。J2にステージを下げてでも......という自分の考えが、いかに甘かったのかを思い知らされた。と同時に、自分に対する世間の評価はそういうことなんやな、と。
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