サッカー日本代表の構造が見えたアイスランド戦 久保建英が攻撃を牽引もチームとしての輝きはなし (3ページ目)
「国民の皆さんのエネルギーをもらって、大和魂で戦う!」
試合後の森保監督は大観衆に向かって、熱っぽく話していた。そこにスタンドから歓声と拍手が降り注ぐ。まさにナショナリズムの発揚だった。その感情量を増幅させ、選手に伝播させ、奇跡を起こす......それが森保ジャパンの正体だ。
これは皮肉でも、批判でもない。チームは指揮官のパーソナリティを投影するもので、「森保監督らしくなる=石橋を叩いて渡る」になることは避けられないのだ。
たとえば、後半から瀬古歩夢をいきなりボランチで起用したのも、森保監督なりの本大会を想定した策だろう。瀬古はフランスリーグでアンカーとしてプレーしており、バックラインの前に立つと中央の守備は分厚くなるし、長身でロングボールを跳ね返せて、ロングパスもあるだけに一発のカウンターも望める。なんとも森保監督らしかった。
だが、瀬古ボランチで日本はリズムを崩し、相手に攻め込まれた。しかし、奇妙な現象が起きた。むしろ相手が攻めてカオスが生まれ、日本に流れが来る。同時に3人のFWを並べた、何とも形容しがたい布陣も、そのアナーキーさによって綻びが生まれ、アイスランドがピッチにひとり少ない僥倖にも恵まれ(交代選手が10秒以内に外に出るルールを破ると1分間ピッチに入れないというワールドカップの新ルールのテスト適用だが、アイスランドはワールドカップに出場しない)、小川航基が右からのクロスを頭で叩き込んだ。
森保監督はカタールワールドカップの時と同じく、論理的にはうまくいかなくても、偶発的な強運に恵まれているのかもしれない。守田英正を招集しなかったのは、主体的なサッカーで攻撃の再現性を作り出すという大志を手放しているからだろう。一方、精神的なものに頼っているからこそ、試合勘が失われていた遠藤航のキャプテンシーという見えないものや、長友佑都の「ブラボー」という呪文を信じているのではないか。
森保ジャパンがワールドカップでどこまで勝ち進めるのかは、まったくわからない。なぜなら、勝つべき相手に勝つチームではなく、負けそうな相手に負けないチームだからである。ナショナリズムの昂揚だけが、スタジアムに渦巻いていた。
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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