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柱谷哲二が語るドーハの悲劇。
イラク戦で投入してほしかった選手の名は (9ページ目)

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

「オフトの時は、ラモスとかわがままな選手をうまくとまとめていくことができたけど、ファルカンの時は若い選手と噛み合わないと思ったし、加茂さんの時もそうだった。やっぱりそのチームに合う、合わないがあると思うよ、キャプテンにも。

 井原(正巳)は、俺とは違うキャプテンシーでフランスW杯に行ったし、(長谷部)誠は3回もW杯に出ている。誠は浦和レッズ時代に3年間教えていたけど、当時からキャプテンに向いていた。オフトはいくつかの選手のグループの中間に立ち、常にバランスを取ってくれと言っていた。誠はそれが20歳ぐらいからできていた。上の選手とも若い選手とも話ができていたからね」

 柱谷は、そう言って表情を崩した。

 昨年、ドーハでは同部屋で、いろんな話をした森保が日本代表監督になった。そして、苦い思い出となったドーハから30年後に、同じ場所で行なわれるカタールW杯を目指して戦うことになる。まるで運命の巡り合わせのようだ。

「森保は、どこかで壁が来るかもしれないけど、まずはW杯予選を乗り越えてもらって、カタールのW杯でベスト8の壁を越えてほしい。そのために俺らは協力を惜しまない」

 森保はオフト時代、ラモスに怒鳴られても中央にパスを出さなかった芯の強さとブレない心を持つ。監督になってもそれが変わらない。だからこそ、柱谷は楽しみにしている。

 あいつならできるよ、と。

(おわり)

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