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【あの人は今】延長17回の死闘で全国に名を轟かせたPLの1番打者 身長166センチのドラフト1位が語る悔恨のプロ野球人生 (4ページ目)

  • 飯尾哲司●文 text by Tetsuji Iio

── NPBでの7年間で、一番の思い出は何ですか。

田中 一番印象に残っているのは、2001年9月4日に岡山・倉敷マスカットスタジアムで行なわれた巨人戦です。PL学園の9年先輩にあたる入来祐作投手からヒットを打つことができました。あの1本は、今でも強く記憶に残っていますね。

つづく>>


田中一徳(たなか・かずのり)/1981年10月28日生まれ、兵庫県出身。PL学園高では1番打者として活躍し、1998年夏の甲子園では横浜高の松坂大輔から4安打を放つなど全国にその名を知らしめた。1999年ドラフト1位で横浜ベイスターズに入団。俊足巧打の外野手として期待されたが、思うような結果を残せず、2006年に戦力外通告を受け退団。その後、アメリカの独立リーグでプレーし、NPB復帰を目指したが、獲得する球団は現れず2008年限りで現役を引退した。引退後は拓大紅陵(千葉)、日本経済大などで指導者を務めながら、教員免許を取得。現在は山口県鴻城高校の社会科教諭として教壇に立つ傍ら、硬式野球部部長として選手たちの育成に力を注いでいる。

著者プロフィール

  • 飯尾哲司

    飯尾哲司 (いいお・てつじ)

    静岡県生まれ。『週刊ベースボール』編集部出身。野村克也氏『私の教え子ベストナイン』『リーダーとして覚えておいてほしいこと』、元横浜高野球部長・小倉清一郎氏『小倉ノート』をはじめ、書籍の企画・取材・著書多数。プロ野球現場取材歴35年。早稲田大学大学院修士課程修了。学術論文「エリートアスリートはなぜセカンドキャリアで教員を選択したのか:プロ野球選手とJリーガーの事例をもとに」(スポーツ産業学研究, Vol.33, No.1, p.63-73,2023.)

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