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【プロ野球】佐々木朗希163キロに「別格だと思った」 高校BIG4で最も自信がなかった左腕・及川雅貴が虎の鉄腕になるまで (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

【投球フォームに苦しんだ高校時代】

 それ以降、私はことあるごとに及川の試合を見にいくようになった。だが、高校進学後の及川は、類まれな潜在能力を発揮したとは言い難かった。前述のとおり、投球フォームに悩んでいたのだ。

 ヒップファーストで体重移動する及川は、軸足(左足)でしっかりと立つことを重視していた。だが、2年夏にフィットしていたフォームが審判から「2段フォーム」と指摘され、試行錯誤を余儀なくされた。

 さらに右足を上げる際に、「右肩がセカンド側に入りすぎる」という悪癖にも悩まされた。上半身の反動が大きくなる分、再現性が低くなる。不調時のストレートは、ほとんど制御不能に陥っていた。

 当時の状態について聞くと、及川は遠い目をしてこう振り返った。

「あの時の自分には、何の知識もありませんでした。横浜高校はファンの方も多いですし、なかなか成績を出せなかった自分に対して、いろんな声があったことも知っていました。でも、言われてしまうのもしょうがない状態でしたから」

 苦境から6年後の2025年。及川は開花の時を迎えた。66試合に登板し、6勝3敗1セーブ46ホールド、防御率0.87。18試合連続ホールドのNPB新記録を樹立した。ブルペン仲間の石井大智が50試合連続無失点という大記録を成し遂げたこともあり、及川のインパクトが薄れた感はある。それでも、リーグ優勝に大きく貢献したのは確かだ。

 もう、あの頼りない顔をすることもなくなった。プロ入り後の及川に一体、何があったのか。7年ぶりに対面した及川は、その内幕を語ってくれた。

つづく>>


及川雅貴(およかわ・まさき)/2001年4月18日生まれ。千葉県出身。横浜高校では1年春からベンチ入りし、最速153キロの速球とスライダーを武器に世代屈指の左腕として注目を集め、「高校BIG4」のひとりに数えられた。19年ドラフト3位で阪神に入団。プロ入り後は制球力と投球フォームの安定を課題にしながら経験を積み、リリーフとして頭角を現す。キレのあるストレートと変化球を武器にブルペンの一角を担い、試合の流れを引き寄せる役割を担う左腕として成長を続けている

著者プロフィール

  • 菊地高弘

    菊地高弘 (きくち・たかひろ)

    1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。

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