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【プロ野球】現状維持を選ばなかった男の決断 福田周平が語る外野転向とリーグ3連覇の舞台裏 (3ページ目)

  • 佐々木亨●文 text by Sasaki Toru

【挑戦してこそ豊かな野球人生が待っている】

── 福田さんが入団した2018年はリーグ4位、19年、20年は2年連続で6位に沈んでいたチームは、入団4年目の21年に、1996年以来となるパ・リーグ優勝を果たしました。福田さん自身は、その年から出場機会を増やすために内野から外野へ転向して、翌22年の入団5年目にはゴールデングラブ賞を獲得しながら、その後のリーグ3連覇に貢献しました。

「4年目のシーズンを迎える前、チーム状況を考えれば内野は難しいかなという思いがありました。当時はセカンドを守っていましたが、首脳陣やフロントがセカンドでは使ってくれない雰囲気を感じ取ったんです。それなら、幅を広げるために外野に挑戦したい、と。シーズンに入ってみないとわかないところもありましたが、「外野も挑戦させてください」と、GMの福良淳一さんにお願いして外野をやらせてもらいました。もともと外野を守ってみたいという思いがありましたし、チャレンジすることは大事だと思っていました」

── 野球人生で初めて経験する外野のポジションはいかがでしたか?

「フライを捕ったり、長い距離を走って打球を捕ったりすることが楽しかったですね」

── その「チャレンジ」は福田さんにとって大きな決断でもあったと思いますが、プロで戦い続けていくためには、そういったことも大きな要素だったのでしょうか。

「野球がうまくなったり、レベルアップすることを考えた時に、何に対しても挑戦していかないといけないと思っていました。新しいことにチャレンジすることは怖さもありますが、現状維持ではなく挑戦してこそ豊かな野球人生が待っている。そう感じてプレーしていたところはありました」

── その姿勢や思いは、野球人生を通じて福田さんのひとつのテーマでもあったのでしょうか?

「その思いはずっと持っていましたし、年齢を重ねるごとに「チャレンジ」への思いが強くなっていきました」

つづく>>


福田周平(ふくだ・しゅうへい)/1992年8月8日生まれ。大阪府出身。広島・広陵高から明治大、NTT東日本を経て、2017年のドラフトでオリックスから3位指名され入団。1年目のシーズン途中からレギュラーに定着し、113試合に出場。21年は内野から外野に転向するもセンターのポジションを奪取。チーム25年ぶりのリーグ優勝に貢献。翌年はゴールデングラブ賞を獲得するなど、リーグ連覇、日本一の立役者となった。だが23年、チームは3連覇を果たすも、ケガもあり出場数を減らす。25年は23試合に出場にとどまり、シーズン終了後に戦力外通告を受ける。現役続行を希望したがオファーはなく、12月29日に自身のインスタグラムで現役引退を発表した

著者プロフィール

  • 佐々木亨

    佐々木亨 (ささき・とおる)

    スポーツライター。1974年岩手県生まれ。雑誌編集者を経て独立。著書に『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社文庫)、『あきらめない街、石巻 その力に俺たちはなる』(ベースボールマガジン社)、共著に『横浜vs.PL学園 松坂大輔と戦った男たちは今』(朝日文庫)などがある。

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