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潮崎哲也が憧れの鹿取義隆から学んだ「適当でいい」という名の強さ 「困ったら真ん中低めでいいんだよ」 (4ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

 ただ、4勝3敗でヤクルトを制した日本シリーズ。鹿取が第1戦で杉浦享にサヨナラ満塁弾を浴びると、潮崎は第5戦で池山隆寛に決勝弾、第6戦では秦真司にサヨナラ弾を打たれた。ふたりだけで3敗を喫し、短期決戦で痛打されたリリーフは次に起用しづらいとも言われる。第2戦と4戦ではセーブを挙げていた潮崎だが、心境はどうだったのか。

「別に落ち込むとかもなく、しゃあないなっていうのが一番で。ここでやられたらどうしよう、っていう考えは基本的になかったですね。打たれて悔しくて物壊すとかまったくないし、嫁さんに『今日、勝って帰ってきたのか、打たれて負けて帰ってきたのか、全然わからへんな』って、よく言われたんです(笑)。高校時代から変わらず、全然、血気盛んじゃないんで」

 抑えに失敗したら、勝ちを消してしまった先発投手に気遣いはした。だが、失敗を引きずらず、気持ちの切り替えも必要ないほどタフなメンタルの持ち主だった。

 93年に左の杉山賢人が入団。鹿取、潮崎、杉山の必勝リレーが"サンフレッチェ"と呼ばれたなか、対左打者は杉山が受け持ち、ほぼ右打者限定になった潮崎は苦になることが少なくなった。今のように3人で1イニングずつではなく、回またぎに走者を残しての交代は当たり前だった。

「一人ひとり、自分たちの仕事をしましょうよ、というような3人の助け合いでしたね。要は絶対的に抑えるわけですから、厳しいといえば厳しい。でも、僕には鹿取さんがいて、途中から杉山が入ってくれて、本当に助かることばかりでした」

 プロ8年目の97年に先発に転向。12勝を挙げた潮崎だが、転向は「リリーフ失格」となったからでもあった。あらためて、それだけの難しさもあるリリーフで一番大事なことは何か。

「試合をぶっ壊さないってこと。リリーフって、どこまでいっても他人の仕事を請け負ってるみたいな感覚があるので。先発ピッチャーの勝ちを消さない、チームを勝たせたまま次の人に渡す、勝ったまま終わらせるっていうのが醍醐味であり、難しさであり、難しいからこそ喜びでありという経験ができて、僕自身は面白かったです」

(文中敬称略)


潮崎哲也(しおざき・てつや)/1968年11月26日生まれ。徳島県出身。鳴門高から松下電器に進むと才能が開花。19歳で全日本入りを果たし、野茂英雄や与田剛らと共にソウルオリンピックに出場。89年のドラフトで西武から1位指名を受け入団。魔球と称されたシンカーを武器におもにリリーフとして活躍し、西武黄金期を支えた。2004年限りで現役を引退。引退後は西武の球団編成、コーチ、二軍監督などを歴任し、現在はシニアアドバイザーとしてチームを陰で支えている

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内容

はじめに

第一章 高校・大学・アメリカ留学編 1971〜1978年

伝説のはじまり/遠い聖地/怪物覚醒/甲子園デビュー/魂のエース・佃正樹の生涯/不協和音/最強の控え投手/江川からホームランを打った男/雨中の死闘/江川に勝った男/神宮デビュー/理不尽なしごき/黄金時代到来/有終の美/空白の一日

第二章 プロ野球編 1979〜1987年

証言者:新浦壽夫/髙代延博/掛布雅之/遠藤一彦/豊田誠佑/広岡達朗/中尾孝義/小早川毅彦/中畑清/西本聖/江夏豊

おわりに

著者プロフィール

  • 高橋安幸

    高橋安幸 (たかはし・やすゆき)

    1965年、新潟県生まれ。 ベースボールライター。 日本大学芸術学部卒業。 出版社勤務を経てフリーランスとなり、雑誌「野球小僧」(現「野球太郎」)の創刊に参加。 主に昭和から平成にかけてのプロ野球をテーマとして精力的に取材・執筆する。 著書に『増補改訂版 伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)、『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』(集英社文庫)など

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