西武・渡部聖弥は打てなかった打席に価値を見出す ルーキーとは思えない「バッティング哲学」 (4ページ目)
── 迎えた2024年のドラフト会議では、広陵高時代に同級生だった宗山塁選手(明治大→楽天)、大学ジャパンのチームメイト・西川史礁選手(青山学院大→ロッテ)ら6人の大学生が1位指名されましたが、渡部選手は西武の2位指名となり、「悔しい」と話していました。
渡部 大学2、3年生くらいからプロを意識して、ドラフト1位で行きたいと思っていました。プロで活躍するのが長い目標ではありますが、通過点としてドラフト1位で入団したい。「ドラフト1位=期待されて入る」わけですから、一番チャンスを与えてもらいやすい。だからこそ、こだわっていました。
特に一緒に大学ジャパンでプレーしていた同級生の宗山や西川が1位でプロに行ったので、やっぱり悔しいという気持ちがあって......。単純に自分の評価が低かった、自分に劣っているところがあったことが悔しかったです。
── ドラフト後に悔しさをぶつけて練習したというのは、そういう背景もあったのですか。
渡部 はい。2位だったことで、余計に練習できたところもありました。「絶対に1位で指名された選手よりも活躍する」と誓って、ドラフトの次の日から練習していたんです。そういったことも頑張れる要因になったかなと思いますね。
── 悔しい気持ちはあっても、すぐに前向きになれるタイプですか。
渡部 悔しいことが原動力になるんだと、あの時は素直にそう思えましたね。
渡部聖弥(わたなべ・せいや)/2002年8月31日生まれ。広島県出身。広陵高から大阪商業大に進み、1年春からレギュラーとして出場。2年秋にはリーグ新記録となるシーズン5本塁打をマーク。4年秋には首位打者とMVPを獲得。同年ドラフトで西武から2位で指名され入団。開幕スタメンを果たすなど、1年目からチームの中心選手として活躍中。
著者プロフィール
中島大輔 (なかじま・だいすけ)
2005年から英国で4年間、当時セルティックの中村俊輔を密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識を変える投球術』。『中南米野球はなぜ強いのか』で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。内海哲也『プライド 史上4人目、連続最多勝左腕のマウンド人生』では構成を担当。
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