川崎憲次郎が振り返る2人の名将 「野村ミーティングは講演会」「落合監督はグラウンド外では饒舌だった」 (3ページ目)
── 野村監督、落合監督に教わった技術的なところで、印象に残っているのはなんですか。
川崎 私は現役時代の落合監督と実際に対戦しています。その経験から「落合監督、現役時代になぜ左足をあれだけ開いて、右方向に本塁打を打てたのですか?」と聞いたんです。返ってきた答えは、「右打者は体を開かないと内角を打てない」と「右足で打球を押し込むため」の2つでした。とても興味深い回答でした。
── 野村監督からはどんなことを教わりましたか。
川崎 カウントには「0−0」から「3--2」まで12種類あります。そのなかで「投手有利」「打者有利」「五分五分」などがあるわけです。たとえば、初球がボールになれば投手は2ボールにしたくないからストライクを取りにくる確率が高くなり、しかも際どいところには投げてこないから打者は狙いやすくなる。
逆に初球ストライクなら、打者は追い込まれたくないから2球目に手を出す確率は上がる。変化球にしても、カーブやフォークといった縦の変化球は振り幅が大きくなるので、ストライクを取るのが難しい。だから、困ったらスライダーという投手が多い。そういうことをインプットしていれば、打者の狙いがわかってくると。とにかくノムさんも落合さんもアドバイスが理路整然としていて、わかりやすかったですね。
川崎憲次郎(かわさき・けんじろう)/1971年1月8日、大分県生まれ。津久見高から88年ドラフト1位でヤクルトに入団。1年目から4勝を挙げ、2年目には12勝をマーク。プロ5年目の93年には10勝を挙げリーグ優勝に貢献。日本シリーズでもMVPに輝くなど、15年ぶり日本一の立役者となった。98年には最多勝、沢村賞のタイトルを受賞。01年にFAで中日に移籍するも、右肩痛のため3年間登板なし。移籍4年目は開幕投手に抜擢されるも成績を残せず、04年限りで現役を引退した。13、14年はロッテの投手コーチを務めた。現在は解説をはじめ、さまざまなジャンルで活躍している。
フォトギャラリーを見る
3 / 3