検索

川崎憲次郎が振り返る2人の名将 「野村ミーティングは講演会」「落合監督はグラウンド外では饒舌だった」

  • 水道博●文 text by Suido Hiroshi

川崎憲次郎が語る2人の名将(前編)

 野村克也氏が2020年2月11日に亡くなり、5年が経った。野村氏に影響を受けた野球人は多く、ヤクルト時代にエースとして君臨した川崎憲次郎氏もそのひとりだ。また川崎氏は、中日移籍後は落合博満監督のもとでプレーするなど、ふたりの名将から薫陶を受けた数少ない選手のひとりだ。そんな川崎氏に野村監督、落合監督について語ってもらった。

ヤクルト時代の川崎憲次郎氏(写真右)と野村克也監督 photo by Sankei Visualヤクルト時代の川崎憲次郎氏(写真右)と野村克也監督 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

【じつは饒舌だった落合監督】

── 中日監督時代の落合さんは、試合後のコメントがとても少なく、記者泣かせでした。

川崎 しゃべると言っても、コメントをひと言出すぐらいでしたね。落合監督はユニフォームを着てグラウンドに出ると、基本的にしゃべりません。試合後、選手への批判や悪口も決して言いませんでした。

 試合中、ダグアウトでも表情をほとんど変えませんでした。完全なポーカーフェイスで、喜怒哀楽を表に出しませんでした。表情に出すことで、選手に余計なプレッシャーをかけたくなかったんでしょう。とにかく自分の思いを悟られないようにしていたんだと思います。

── 実際は、試合中のイニング間にベンチ裏に行き、なにかを蹴飛ばして鬱憤を晴らしていたと、動画のなかで語っていました。

川崎 そんなこともあったのかもしれませんね。

── 普段もしゃべらないのですか。

川崎 いえ、それが信じられないかもしれないのですが、普段はとても饒舌です。球場の通路ですれ違いざまに気さくに話しかけられたり、キャンプ中のマッサージルームで現役時代の「右打ち本塁打の秘訣」に関して詳しく説明してくれたり......。いろんな話をしていただきました。

── 一方、ヤクルト時代の野村克也監督はよく話しました。選手に伝えたいことを、マスコミを通してやることも多かったです。

川崎 ノムさん(野村監督)の選手との接し方で「無視」「称賛」「非難」がとても有名です。発展途上の選手は褒めて育て、選手が成長すると勘違いしないように非難して高みを目指させる。選手間でも「無視される選手にはならないように、叱られているうちが華だよな」という話をしていました(笑)。

1 / 3

フォトギャラリーを見る

キーワード

このページのトップに戻る