伊東勤が選ぶマスク越しに見た好打者 大谷翔平と同じく「打ち損じを待つしかない」バッターは?
伊東勤が語るマスク越しに見た名プレーヤー〜打者編(後編)
伊東勤氏が現役時代にすごいと思った打者1位は、近鉄で活躍したラルフ・ブライアント。ほかに挙げた選手は誰なのか。また今をときめくドジャース・大谷翔平の攻め方についても聞いてみた。
巨人時代の松井秀喜(写真左)とオリックス時代のイチロー photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【打ち損じを待つしかない】
── ブライアント選手の次に印象に残っている打者は誰になりますか?
伊東 当時は交流戦がなかったので、セ・リーグの選手と対戦する機会はほとんどありませんでしたが、1994年と2002年に対戦した巨人の松井秀喜も強く印象に残っています。松井のプロ入り2年目の94年に、リリーフ左腕の橋本武広が本塁打を打たれました。松井のどこがすごいかと言ったら、ボールを呼び込むだけ呼び込んで、「これは空振りするな」「この球は見逃すな」というところからバットが出てくるんです。要するに、スイングスピードが速いということですね。これは今までいなかった打者だなと感じました。
── 松井選手に対しては、どのような攻め方をしたのですか?
伊東 日本シリーズなどの短期決戦では、3、4番打者に対しては早い段階から抑え込もうとして、いつも以上に徹底して同じコースを攻めていったりします。松井の場合は、内角高めのストレートでした。打撃術はその時代によって変わるものですが、当時は「内角を打つポイントは前(投手寄り)」でした。先述したように、松井はそこからボール2、3個分うしろに引きつけスイングしていました。当時からモノが違うというか、とんでもない打者になるなと思っていたら、日本を代表するスラッガーになりましたね。
── 最後のひとりは誰でしょうか。
伊東 オリックス時代のイチローです。若い頃はけっこう粗さもあって、お手上げというバッターではなかったんですよ。プロ3年目の1994年から7年連続首位打者に輝きましたが、手がつけられなくなったのはいつからだろう......。とにかく配球で抑えるというよりも、「打ち損じを待つ」というのは、私が体験した初めての打者でした。基本は、高めのストレート系を意識させて、低めの変化球で勝負するという攻めでしたが、ワンバウンドでもヒットにするぐらいですから、「ここが打てない」というコースは見つかりませんでした。ブレイクした当初は"振り子打法"で、ベースから離れて立っていて、外角の球にバットが届かないように思えますが、しっかりミートしてきました。
── 小宮山悟さんがロッテ時代に「イチローの苦手な球は外角高めだ」と言い、1999年に西武のルーキー・松坂大輔投手が外角高めのスライダーを中心に攻めて、イチローさんから三振3つを奪いました。
伊東 イチローはヒットにできなくても、ファウルで逃げる技術はありますからね。高めの投球は、基本的に空振りを取りたいから使うのですが、取れなかったからあまり意味がありません。だから、高さもコースも外れている外寄りの投球というのは、打者からしたら一番簡単に見極められる球なんですよ。でも、なぜかときどき空振りしてしまうんですよね
── イチロー選手は現役時代、前人未到の日米通算4367安打を放ちました。
伊東 「どこに投げても打たれる」イチローを相手に、メジャーの投手も大変だったでしょう。メジャーでも本塁打こそ少なかったですが、スタイル的には日本でプレーしている時とまったく変わらなかったですからね。
【大谷翔平攻略法はあるか?】
── 今をときめく大谷翔平(ドジャース)選手に関してはいかがですか。
伊東 大谷は、安打製造機のイチローに長打力を加えた打者です。大谷もイチロー同様、「打ち損じを待つ」打者です。ただ、イチローならヒットで済むところ、大谷は長打になる確率が高い。高めも低めも、内角もさばくし、外角にも手が届く。厄介なのは、ストライクゾーンに来たボールを1球目からスイングするところです。初球から振ってくるというのは、捕手からしたら一番嫌なんです。
── それはどうしてですか。
伊東 タイミングが合っていないスイングだったら、「この球種を続けていいな」となるのですが、あれだけフルスイングしても、それほどタイミングはズレてない。「次も同じ球でいったら危ないな」という意識が働きます。ひとつのスイングで恐怖を感じさせる打者だと思います。
── その大谷への配球は、どうやって攻めていけばいいでしょうか?
伊東 リーチのある打者ですから、少々ボール気味の球でも届いてしまう。内角高めの投球で空振りを取りたいのですが、そこも強引に引っ張って本塁打にしてしまいます。あれをやられると、バッテリーとしては攻めるゾーンが限られてしまいます。結局、メジャーのバッテリーは内角でストライクが取れなくて外角を攻めるのですが、その球を意外と打たれています。
── となると、どこを攻めますか?
伊東 やはり膝もとですね。リーチのある打者ですから、膝もとの速い変化球を使っていきたいところですね。MLBでの大谷の打席を見ていると、あまり内角攻めされていない印象があります。カットボールの出し入れはしていますが、内角をずっと攻めるということはしていません。だから、その攻めに対して大谷がどんな対応をしてくるのか、注目したいですね。
伊東勤(いとう・つとむ)/1962年8月29日、熊本県生まれ。熊本工高3年時に甲子園に出場。 熊本工高から所沢高に転入し、転入と同時に西武球団職員として採用される。 81年のドラフトで西武から1位指名され入団。強肩と頭脳的なリードでリーグを代表する捕手に成長し、西武の黄金時代を支えた。2003年限りで現役を引退。04年から西武の監督に就任し、1年目に日本一に輝く。07年限りで西武の監督を退任し、09年にはWBC日本代表のコーチとして連覇に貢献。その後も韓国プロ野球の斗山のコーチを経て、13年から5年間ロッテの監督として指揮を執り、19年から21年まで中日のコーチを務めた