斎藤佑樹のプロ1年目「この世界で勝つのは大変」と痛感させられたダルビッシュ有の衝撃 (4ページ目)
でも実際、ストレートだけで勝負して、無失点に抑えました。ベンチに戻ってきたら吉井さんに「ほら、抑えられるやろ、意外に簡単なんや」と言われました(笑)。ダルビッシュさんのストレートを見て失いかけていた自信を、吉井さんによって取り戻してもらった感じでしたね。
プロに入って1年目、キャンプでもオープン戦でも壁はいくつもありましたが、どうせぶつかってなにかしらの結果は出るんだから、壁を高く感じても意味はないんだな、ということを教えられた気がします。
開幕まであと2週間という2011年3月11日、僕は大学時代の友だちと東京の新宿にいました。休みの日で、買い物をしていたんです。外を歩いていたら、急に激しい揺れを感じました。「これはヤバい」と思ったら、目の前のドラッグストアの棚に並べてあった品物が全部落ちていて、いや、これはすごい地震だなと思いました。東日本大震災です。
その後、スケジュールがどうなったのか、具体的な記憶はないんですが、開幕が延期になって、札幌ドームで行なわれたオープン戦か実戦形式の合同練習だったかで何試合か投げたことは覚えています。
最初はタイガースにめった打ちを喰らったんじゃなかったかな(3月21日、予定していた5回を投げきることができず、3回、79球で9失点)。でも次の札幌でのマリーンズとの試合(3月27日)ではいくつかの課題を修正して、結果もよかった。自分のフォームのなかでしっかり腕を振って、勝負しにいくことができていました。
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斎藤の公式戦デビューは4月17日の札幌ドーム、マリーンズ戦に決まった。開幕前の実戦では抑えて期待させ、打たれてほら見ろとなじられ、次にはしっかりと抑えて「ホントに不思議なピッチャーだね」と言われていた。東日本大震災の余波が続く中、斎藤がいよいよプロ1年目のシーズンを迎える──。
次回へ続く
著者プロフィール
石田雄太 (いしだゆうた)
1964年生まれ、愛知県出身。青山学院大卒業後、NHKに入局し、「サンデースポーツ」などのディレクターを努める。1992年にNHKを退職し独立。『Number』『web Sportiva』を中心とした執筆活動とともに、スポーツ番組の構成・演出も行なっている。『桑田真澄 ピッチャーズバイブル』(集英社)『イチローイズム』(集英社)『大谷翔平 野球翔年Ⅰ日本編 2013-2018』(文藝春秋)など著者多数。
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