伝説の日本シリーズで、伊東勤は古田敦也と比べられても「常に冷静だった」石毛宏典が振り返る捕手、監督としての能力 (2ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo

【僅差の試合、古田との比較にも「常に冷静」】

――ヤクルトとの日本シリーズは痺れる試合の連続(特に1992年の日本シリーズは、全7試合中4試合が延長戦)でしたが、そんななかでの伊東さんはどうでしたか?

石毛 僅差の試合が多くて緊迫していましたが、彼は常に冷静でした。古田と比較されるような報道に対しても、何とも思っていなかったように見えましたね。

 伊東は野球勘がいいし、バッティングも悪くはない。古田と同じく、"扇の要"としての存在感を発揮していました。古田はバッティングでも目立っていましたが、伊東も生涯打率は悪くなかったと思いますし(.247)、キャッチャーとしてはそこそこ打っていたんじゃないかと(通算1738安打、156本塁打、811打点)。

――伊東さんのバッティングの特徴は?

石毛 素直なバッティングです。逆らわずに右に打つのもうまかったし、引っ張る時はしっかり引っ張ることもできた。昔のキャッチャーは「バッティングなんか、そんなにしなくていい」みたいな風潮があったので、だいたい7番や8番を打っていましたね。

 リードは相手の意表を突くとかっていうのではなく、手堅いリードだったような印象ですね。あと、先ほど(前編)も話しましたけど、やはり東尾修さんや工藤公康、渡辺久信や郭泰源、渡辺智男、石井丈裕ら、すごいピッチャーがたくさんいましたからね。彼らの球を受けて学んだことも多かったと思いますよ。

――試合中、ピンチの時などにマウンドに集まった時に伊東さんと話をすることはありましたか?

石毛 そういう時も、伊東はほとんど話さなかったですね。僕や辻(発彦)がいる状況で、僕らがマウンドでわーわー何かを言っているわけだから、話しにくかったんじゃないですか(笑)。

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