伝説の日本シリーズで、伊東勤は古田敦也と比べられても「常に冷静だった」石毛宏典が振り返る捕手、監督としての能力

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo

【監督として伝えた勝つためのノウハウ】

――辻発彦さんや工藤さん、渡辺さんもそうですし、黄金時代を築いたメンバーは、多くの方が指導者としても活躍されています。伊東さんも西武とロッテで監督を務められましたが、どう見ていましたか?

石毛 西武の監督を務めた最初のシーズンでリーグ優勝、日本一は見事でした。シーズンは2位でしたが、プレーオフと日本シリーズで勝てたのは、やはり現役時代に何度も日本シリーズを戦っていて、短期決戦の戦い方を熟知していたのも大きいと思います。ロッテの監督時代は、戦力をうまくやりくりしていましたし、若手を積極的に起用していましたよね。

――西武の選手であり、引退後も西武の監督というイメージが強かったので、ロッテの監督になった時は驚きでした。

石毛 西武という球団が、あれだけの黄金期をどうやって築いてきたのか。どう勝ってきたのか。そのノウハウを黄金期のメンバーは持っているだろう、というオファーだったんでしょう。V9時代の巨人のメンバーも、巨人の監督もやられていましたが、土井正三さんや高田繁さんらは、他の球団から監督の要請を受けていきましたよね。

 やはり、長年に渡って結果を出し続けたチームの選手は、勝つノウハウを知っているから、その"エキス"をもらいたくて声をかけるんだと思います。

――長年、西武の頭脳としてプレーしてきた伊東さんにも、そういうものが身についていたということですね。

石毛 そうでしょうね。あれだけのピッチャー陣をどうリードしてきたのか。勝ち続けたチームの扇の要としての見識や経験、その他のいろいろなものをロッテは吸収したかったんじゃないですか。あと、伊東は頭がいいんです。しっかりと語れる力、言語化する力があるので、それがコーチや選手らといい関係を築く上でうまく作用していたと思います。

(8人目:西武と近鉄の「伝説のダブルヘッダー」で渡辺久信がブラインアントに被弾「ナベちゃんは責められない」>>)

【プロフィール】
石毛宏典(いしげ・ひろみち)

1956年 9月22日生まれ、千葉県出身。駒澤大学、プリンスホテルを経て1980年ドラフト1位で西武に入団。黄金時代のチームリーダーとして活躍する。1994年にFA権を行使してダイエーに移籍。1996年限りで引退し、ダイエーの2軍監督、オリックスの監督を歴任する。2004年には独立リーグの四国アイランドリーグを創設。同リーグコミッショナーを経て、2008年より四国・九州アイランド リーグの「愛媛マンダリンパイレーツ」のシニア・チームアドバイザーを務めた。そのほか、指導者やプロ野球解説者など幅広く活躍している。

◆石毛宏典さん公式YouTubeチャンネル
「石毛宏典TV」はこちら>>

プロフィール

  • 浜田哲男

    浜田哲男 (はまだ・てつお)

    千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。

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