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有名女優が恥をかいた「日本人初の大リーガー」マッシー村上の凱旋 (2ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

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 考えてみれば、僕がマッシーさんの本名〈村上雅則〉を認識したのは、野茂英雄がドジャースでメジャーデビューした95年のこと。以来、MLBを放映するテレビの解説者としての印象が強かった。あらためて文献資料を調べてみて、そのピッチングについて何も知らないでいたことに気づかされ、興味津々で取材を申し込んだ。

 約束の午後1時、東京・品川のホテルでマッシーさんと待ち合わせた。資料に〈身長183cm〉とあったとおり大柄で、ポロシャツにジャケットを羽織った姿は若々しくスマート。丁寧で張りのある解説での語り口から、生真面目な方、という印象があったが、物腰は柔らかく、表情は穏やかで視線もやさしい。ラウンジで挨拶をしたあと、すぐに打ち解けた雰囲気になった。

 解説のときとは違ってフランクな口調で、「今日は東京ドームに行こうと思ったけど、やめた」と言うのを聞いて、僕は8年前を思い出した。ドームでの日本ハム対ダイエー(現・ソフトバンク)戦、マッシーさんがファンに交じって客席で観戦している姿を目撃し、大いに驚いたことがあった。

「昔もね、引退した後、後楽園だったときによく見に行っていたんだよな。日本ハムで現役でやってる頃から知ってる人がいて。『あれ? 村上さん、こっち来いよ』なんて。『何だよ、もう。いいから』と言ったら、『一緒に応援しようよ』なんて言われて」

 マッシーさんは66年に日本球界復帰後、南海、阪神を経て、76年から日本ハムでプレーしている。当然、日本の野球もしっかり見ている方なのだが、以前から客席で見ていたと聞いて、あらためて驚いた。普通、解説者の方は放送席、記者席にいるものだからだ。

「でも、俺はもうざっくばらんで、全然そういうの気にしない。それはやっぱり、向こうで経験してるからね。だって、向こうのオーナーとか、重役さんとかGMなんか、みんな客席の最前列で見てるじゃない? ドームの、あんな中二階みたいなとこじゃなくてね。だから俺もね、今もサンフランシスコに行けば、球団が持ってる席に座らせてくれたりするから」

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