原辰徳監督と阿部慎之助から信頼を得たきっかけ。橋上秀樹が明かす巨人選手たちの舞台裏 (4ページ目)

  • 岡田浩人●取材・文・写真 text & photo by Okada Hiroto

 坂本と長野は2012年、ともに最多安打(173安打)をマークし、タイトルをわけ合った。それまで楽天、そして独立リーグで指導者としてキャリアを積んできた橋上氏にとって、巨人という名門球団で結果を残したことは「自信になった」と言う。その年のオフには第3回WBCの日本代表戦略コーチに抜てきされた。橋上氏は2014年までの3年間、戦略コーチ、打撃コーチとして巨人の3連覇に貢献した。

「結局、選手との信頼関係を築くためにはコミュニケーションが大切で、人となりを把握し、相手のニーズに合うようにやらなければ長続きしません。特にベテラン選手は若い選手以上にプライドもあるので、そこは尊重しなければいけないし、気を遣う必要がある。『信は万物の基を成す』という野村監督の言葉は、指導者として常に胸にありました」

 橋上氏は巨人退団後の2015年に楽天でヘッドコーチを務め、2016〜18年までの3年間、西武で一軍作戦コーチや野手総合コーチ(ヘッドコーチ格)を歴任。2年目にはその年就任した辻監督のもとで4年ぶりのAクラス入りとなるリーグ2位、そして2018年には10年ぶりのリーグ優勝を成し遂げた。チーム打率.273、196本塁打、792得点を誇った強力な攻撃陣は「山賊打線」と呼ばれた。

「西武では浅村栄斗、森友哉、金子侑司といった主力選手と個別ミーティングをやりました。辻監督とも野球観にズレはなかったですし、それまでに野村監督や原監督を経験していたことで、自分自身に柔軟性が生まれて、監督の求めに合わせることに関してはまったく窮屈さを感じませんでした。ただ、辻監督は僕の顔を見る度に『俺はID野球じゃないから』と言うのが口癖でした(笑)。

 辻監督は現役時代、森祇晶監督のもとで活躍し、最後はヤクルトの野村監督のもとで過ごしたことで『さらに野球を勉強できた』と言っていました。中日では落合博満監督のもとでコーチもしている。いろいろな監督に仕えて野球経験を重ねてこられた方なので、そういう口癖になったのだと思います」

 数々の名将のもとで"ヘッドコーチ"などの参謀を経験してきた橋上氏。改めてその役割をどう考えているのだろうか。

「まずは監督が求めるものに対してストレスのないように準備をすること、監督の仕事がスムーズに進むような準備をすること、ですかね。それに加えて、監督とコーチ、監督と選手、コーチと選手の間を"取り持つ"働きをして、チームという組織を円滑に回すための潤滑油みたいな役割はあります。それが時には一軍と二軍の間、ということもあるし、コミュニケーション能力が高くないとできない仕事ですね。尖っているのもダメで......まあ、やっているうちに尖っている部分はどんどんそぎ落とされていって、真ん丸になりますよ(笑)。

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