2021.06.21

阪神ドラ1の肩書きは「しんどかった」。伊藤隼太「ここ数年は悩むことも多く、出口のない中で答えを探していた」

  • 寺下友徳●取材・文 text by Terashita Tomonori
  • Photo by Terashita Tomonori

伊藤隼太インタビュー(前編)

近畿大から1年目にして、躍動感あふれるプレーとともに数々の豪快なアーチで、日本球界にインパクトを与えている阪神タイガース・佐藤輝明。一方、佐藤以前の「右投左打・阪神ドラフト1位」を追っていくと、この男に突き当たる。

2011年に阪神からドラ1指名を受けた伊藤隼太だ。昨年限りで9年間まとった虎のユニフォームに別れを告げ、現在は四国アイランドリーグplus・愛媛マンダリンパイレーツのコーチ兼任選手を務める伊藤にインタビュー。前編では、阪神時代を振り返り、「ドラフト1位」の肩書きの重圧などについて語った。

今年から愛媛マンダリンパイレーツのコーチ兼選手となった伊藤隼太今年から愛媛マンダリンパイレーツのコーチ兼選手となった伊藤隼太
【しんどかった「阪神ドラ1」】

ーー今季から愛媛マンダリンパイレーツに入団、コーチ兼任選手となりました。愛媛の地で5カ月近く過ごしてきて、今あらためて阪神タイガースでの9年間をどのように感じていますか?

伊藤隼太(以下、伊藤) 阪神時代には、もちろんコーチや先輩はいて、アドバイスを求めれば教えていただけるんですが、基本的には誰も助けてくれない。打席の中は孤独ですし、それに打ち勝たないといけないですから練習ではひとりの時間が大切だと思っていました。

 でも、その中で自己満足にならないように突き詰めて、バッティングについて四六時中考えていることが多かったですね。ここ数年はうまくいかないことが多かったですが、悩むことも多く、出口の見えない中で答えを探していた感じでした。