「あれほどの大投手になるとは...」八重樫幸雄が見た高津臣吾の試行錯誤と勝負師の顔

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Sankei Visual

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【第一印象は「大人しくて、チャラチャラしていないヤツ」】

――前回までは「花の昭和22年組」として、元ヤクルトのチームメイトである安田猛さん、会田照夫さん、若松勉さん、松岡弘さん、大矢明彦さんたちについて伺ってきました。今回からは趣向を変えて、現在の「ユニフォーム組」についてお話を聞いていきます。まずは、現在一軍を指揮する高津臣吾監督について伺います。

八重樫 シンゴにはいろいろな思い出があります。今、コロナで大変な時期に指揮を執っていて、本当に大変だし、立派だと思うよね。

日本一になり喜ぶ、古田敦也(左)と高津臣吾(右)日本一になり喜ぶ、古田敦也(左)と高津臣吾(右)――スミマセン、本題に入る前にひとついいですか? 「シンゴ」って、川端慎吾選手のことかと思いました。八重樫さんは高津監督のことを「臣吾」って呼んでいるんですね。ちなみに、川端選手のことは何て呼んでいるんですか?

八重樫 川端は「カワバタ」です。で、高津は「シンゴ」。これは昔からずっとそう呼んでいたんで、いまさら「タカツ」というのも変な感じなんですよ(笑)。

――承知しました。話の腰を折ってスミマセンでした。八重樫さんが最初に高津さんと会ったのは、彼が入団してきた1991(平成3)年のことですか?

八重樫 詳しい日にちは忘れたけど、同じ亜細亜大学の先輩の宮本(賢治)が僕のところに来て、「今度ヤクルトに入った、亜細亜の後輩です」って高津を連れてきたのが最初でした。宮本は、そういう礼儀正しいところがあるヤツでしたから。臣吾の第一印象としては、「大人しいヤツだな」とか、「チャラチャラしていないヤツだな」っていう感じでしたね。その印象は今でも変わらないです。

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