2019.05.14

高津臣吾が松井秀喜に打たれた初本塁打
「仕方なく投げた直球だった」

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

西武×ヤクルト “伝説”となった日本シリーズの記憶(31)
【クローザー】ヤクルト・高津臣吾 前編

 四半世紀の時を経ても、今もなお語り継がれる熱戦、激闘がある。

 1992年、そして1993年の日本シリーズ――。当時、”黄金時代”を迎えていた西武ライオンズと、ほぼ1980年代のすべてをBクラスで過ごしたヤクルトスワローズの一騎打ち。森祇晶率いる西武と、野村克也率いるヤクルトの「知将対決」はファンを魅了した。

 1992年は西武、翌1993年はヤクルトが、それぞれ4勝3敗で日本一に輝いた。両雄の対決は2年間で全14試合を行ない、7勝7敗のイーブン。両チームの当事者たちに話を聞く連載の16人目。

 第8回のテーマは「クローザー」。勝負を決する大事な場面に登場し、抑えて当然、打たれれば戦犯扱いという過酷な任務を託された男たち。前回の西武・潮崎哲也に続き、ヤクルト・高津臣吾のインタビューをお届けしよう。

1993年にクローザーとしての地位を確立した高津 photo by Kyodo News

岡林の奮闘をただ見守ることしかできなかった92年シリーズ

――1992年、そして翌1993年の日本シリーズを振り返る連載です。当時のご記憶は、鮮明にありますか?

高津 記憶は鮮明に残っていますね。特に1993年は。それから今に至るまで、とても短かったような気もしますし、ひとつずつ振り返ってみると、とても長い時間が経ったような気もします。

――1993年のシリーズでは優秀選手賞を獲得する大活躍を見せましたが、1992年はシリーズ不出場でした。3勝3敗で迎えた第7戦は神宮球場でご覧になっていたそうですね?

高津 はい。基本的にはクラブハウスでテレビを見ていたんですけど、試合終盤にベンチ裏に移動して見ていました。ただ、ベンチ裏の小窓からグラウンドの様子を伺う感じなので、試合の詳細はよくわからなかったですけどね。

――この第7戦は、同期入団で同い年の岡林洋一投手が孤軍奮闘、鬼気迫るピッチングを見せていました。岡林さんとは東都リーグ時代でも一緒でした。岡林さんは”ライバル”という関係なのでしょうか?

高津 彼は高校時代から有名なピッチャーでしたし、専修大学時代もリーグを代表する存在でしたから、とてもじゃないけど僕が敵う相手ではないと思っていました。大学時代もプロに入ってからも、彼がひとつの基準というか、「岡林がこれぐらいできるのなら、オレもこれぐらいはやろう」という、そんな感じでした。