現役最後の日、稲葉篤紀が流した涙の本当の理由
12月特集 アスリート、現役続行と引退の波間 (4)
2カ月近くが過ぎても、目に焼きついて離れない光景がある。
10月20日、福岡――。
クライマックス・シリーズ(CS)のファイナルステージ第6戦が終わって、三塁側のベンチ裏にあるブルペンにはテレビカメラがズラリと並んでいた。ホークスが勝って日本シリーズ出場を決め、ファイターズは負けてこの日でシーズンが終わり、試合後の栗山英樹監督の会見、さらに今シーズン限りで現役を引退する稲葉篤紀の会見が、このブルペンで行なわれることになっていたのだ。
20年のプロ生活で通算2167安打を放ち、2007年には首位打者に輝いた稲葉篤紀
まず、ブルペンにやってきたのは稲葉だった。
入り口から続くスロープを降り切ったブルペンの隅で突然、稲葉が立ち止まった。背中をこちらに向けたまま、目頭を押さえている。
稲葉が泣いていた。
カクテルライトが届くことのない、報道陣が待つだけの殺風景なブルペンで、稲葉がこみ上げてくる想いを抑えることができず、涙に暮れていた。
30秒か、1分か......ようやく報道陣のもとへ歩み寄った稲葉は、いつものように明るいトーンで記者の質問に答え始めた。
「もう、すべて終わったなと......これが最後かなという打席で、三振でもいいから悔いのないスイングをしようと思って、それができた。目一杯、振りました」
CSファイナルステージの第6戦、0-4で迎えた9回表。
代打、稲葉が告げられた。
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