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現役最後の日、稲葉篤紀が流した涙の本当の理由 (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Isida Yuta
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro

 背番号41がバッターボックスに向かう。ぐるりと360度、ホークスの"カチドキレッド"が埋め尽くしたスタンドを分度器で計れば、360度のうち、たったの10度分ほどを割り当てられたファイターズファンが、トランペットの音色に合わせて一斉にジャンプを始める。

 シーズン3位でCSに進んだファイターズ。その精神的支柱となっていたのが、引退を発表していた稲葉......と言いたいところだったが、とんでもない話だった。今となっては、稲葉に謝らなければならないと思う。

 9月2日、稲葉はシーズン終了とともに現役を引退すると発表した。

 その時点でのファイターズは、首位のホークスから9.5差、2位のバファローズには8差をつけられての3位だった。稲葉は記者会見でこう言った。

「今年、進退をかけて1年、頑張ろうと思ったんですけど、ヒザの具合がどうしてもよくならない。あとは自分のバッティングができなくなってきたというところで決めました」

 プロ野球選手は残した数字で評価されるべきだろう。しかし、数字には表れない存在感を発揮できる選手はチームにとって計り知れない戦力となる。

 だから、あえてシーズン終了を待たずに引退を発表した稲葉が、下剋上を狙うファイターズにどんな効果をもたらすのかを期待していた。同時に、稲葉のプレイを目に焼きつけようというファンが、勝ち負けとは別の価値観を作り出してしまうリスクも気になっていた。実際、敗色濃厚の試合で稲葉が代打に出て、出塁できなかったのに拍手が沸き起こってしまう空気に違和感を覚えた場面は、何度かあった。

 それでも、そんな違和感をあっさり吹き飛ばしてしまうほどの存在感を、バッター稲葉は最後まで示し続けた。引退発表後、14度の代打機会で12打数4安打4打点、打率.333。今シーズンの3号となる、代打逆転2ランホームランも放った。

 とりわけ、CSでの稲葉は、技術の粋を存分に見せてくれた。

 バファローズと死闘を演じた大阪でのファーストステージ。

 第2戦で、3-3の8回にいったんは勝ち越しとなるタイムリーヒットをセンター前へ放った。第3戦では、0-1と1点を追う6回、ワンアウト一、三塁の場面でライト前へ同点タイムリーを運んでみせる。稲葉は最後の大舞台で、2試合続けて試合展開を左右する貴重なタイムリーを打ったのだ。

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