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【MLB】すれ違いの6年。
理解されることのなかった松坂大輔の「美意識」 (4ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • ロイター/アフロ●写真 photo by REUTERS/AFLO

 2009年の開幕前、松坂は2度目のWBCに出場して2大会連続のMVPに輝き、日本を連覇に導いた。その代償として痛めていた股関節を悪化させ、シーズンに入ってからもDL入りを繰り返した。日本の期待にも、レッドソックスの期待にも応えるために、自分が無理をすればいいと考えた松坂だったが、体が悲鳴をあげてしまってはどうしようもない。それでも松坂の美意識は、なかなか理解してもらえない。この頃から、松坂は少々の痛みでも口に出さなくなってしまう。痛いと言えば、投げるなと言われる。痛くても、勝てばいい。もともとピッチャーとして器用で、いくつもの引き出しを持つ松坂は、どこかが痛くてもそれをかばって投げることができてしまい、そんなピッチングでも勝つことができてしまった。だから、投げる。しかし痛いところを抱えたまま、一年を通して勝ち 続けることができるほど、メジャーの世界は甘くない。

 去年の6月10日、 松坂は右ヒジの靱帯損傷による再建手術を受けた。ルイス・ヨーカム医師はメスを入れてみて、仰天した。損傷どころか、そこに「靱帯はなかった」のだという。松坂の靱帯は完全に切れていた。ゴムのように縮んで、なくなってしまっていたのだ。そんな状態になるまで松坂は投げて、しかも勝っていたのである。

 6年前、“1億ドルの男”と言われ、松坂のレッドソックス入りは日米を股に掛けた大騒動となった。しかし、そのうちの半分はレッドソックスが西武ライオンズに支払った金額であり、松坂が関知していたわけではない。しかも6年契約を交わしていた松坂は、1億ドルの半分の、さらに6分の1の年俸で入団したに過ぎない。もうひとつ言えば、WBCのキューバ戦で投げたチェンジアップをアメリカの野球好きは勝手にジャイロボールだと騒いだが、そんなボールを投げられると松坂自身は一度として口にしたこともない。それが今になって、1億ドルの投資は失敗、ジャイロボールなんてなかった、松坂はレッドソックスにはもう必要ない、などと言う。

 しかしこの6年間、松坂とレッドソックスの関係を近くで見ていて、何度も思った。なぜレッドソックスはもっと松坂のメンタリティを理解しようとしないのだろう、なぜ口をつぐんだ松坂の本心を知ろうとしないのだろう、と。莫大な投資をしたのなら、それを活かすためにもっと策を尽くすべきだったのではなかったのか。

 そして、松坂に対しても思った。そこまで無理をすることはない、そこまで背負うことはないのではないか、と……。

 今年の10月3日。

 シーズン最終戦に先発した松坂は、ヤンキースに2本のホームランを浴び、5点を失って3回途中でマウンドを降りた。最下位に沈むレッドソックスは大敗を喫し、この日、ヤンキースが地区優勝を決めた。松坂には1勝7敗、防御率8.28という数字が残った。全治1年の手術とはいえ、1年で何もかもが元通りになるわけではない。今シーズンの実戦登板はリハビリの一環と位置づけるべきで、結果よりも投げられたことを評価すべきなのだが、シビアなボストンのファンやメディアがそんな猶予をくれるはずもなく、また負けず嫌いで欲張りな松坂もそれで納得するはずがなかった。

 だから結果に失望し、つらいはずの試合後、それでも背筋をピンと伸ばし、キッと遠くを見つめながらメディアの厳しい問いかけに応え続けた松坂。クラブハウスを出る際には、取材を続けてきた報道陣とひとりひとり、笑顔で握手を交わしていた。記者の誰もが、それが松坂の精一杯の強がりであり、精一杯の気遣いであることを十分に理解していたように思う。

 些細なことからずれた歯車は、4年半を費やしても元に戻すことができなかった。互いによかれと思ってしてきたことが最後まで噛み合わず、そのズレは次第に大きくなってしまった悲劇。しかし、アメリカ人の価値観が変わるはずもなく、培ってきた松坂の自分のことは後にするという美意識も変わることはないだろう。甘いと思う人もいるかもしれない。それでも、日本人がメジャーで力を発揮するためには、野球だけでなく、日本とアメリカとの価値観の違いも乗り越えなければならないのだ。実際、松坂は侠気を武器に、何度も大舞台で結果を残してきた。

 メジャー7年目の松坂にはすべてをリセットして、自分自身のために投げて欲しいと思う。憧れ続けたメジャーの舞台で、彼にしかできない“松坂大輔の野球”を心ゆくまで堪能するために──。

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