【MLB】イチローがシアトルで得たもの、NYで探すもの (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by AP/AFLO

 イチローがシアトルで築き上げてきたものは、いくつもある。

 食事の環境、練習の施設、いっときの安らぎを得る居心地のいい家。

 球場に行けば専用のトレーニング・マシンがあり、練習したければ自由に施設を使うことができる。日々のルーティンにストレスを感じることは、一切なかっただろう。

 球場に集うファンがマリナーズのライトを見れば、イチローが当たり前のようにそこにいた。子どもたちも、大人も、51番のユニフォームを着ていた。

 そのうちのいくつを、ニューヨークで揃えることができるだろうか。イチローは言った。

「怖いですよ。環境が変わることは不安です。ただ、そう決意したわけですから、それを断ち切らないと......ただ、今日のゴチャゴチャの中で、当然、バタバタしたし、精神的にもハラハラしましたけど、それでもプレイできたことは自信になりました」

 ヤンキースの31番を背負って、シアトルでプレイした初日。イチローは、何かから解放されたかのような安堵感を浮かべて、そう話した。移籍先がヤンキースと決まったその日、シアトルでヤンキースとのゲームがあり、イチローがヤンキースの選手としてシアトルに別れを告げることができるなんて、偶然で片付けるにはあまりにもドラマチックだ。最初の打席、イチローが打席に入ろうとすると、スタンドのファンは一斉に立ち上がり、精一杯の拍手を送った。その熱にイチローはグルリと周りを見渡し、ヘルメットをとって、深々と頭を下げた。グラウンドの上でこんなふうに感謝の気持ちを表現したイチローを見たのは初めてだった。

 かつて、シアトルが全米に誇ったスーパースターは、次々と街を去っていった。ランディ・ジョンソンはアリゾナへ、ケン・グリフィー・ジュニアはシンシナティへ、そしてアレックス・ロドリゲスはテキサスへ――心にぽっかり空いた大きすぎる穴を、イチローが埋めてきた。

「僕はこの11年半のマリナーズでの経験を誇りに思い、胸に秘めて、この先、前進していきたいと思います」

 ヤンキースでは、まず"レフトで8番"というポジションが待っている。やがてはヤンキースのライトを守って1番を打つためには、ニューヨークの街との距離を縮めることも必要になるだろう。かつて日の丸の誇りを胸に秘めてシアトルで戦ったように、イチローは今、シアトルへの誇りを胸に秘めて、ニューヨークで戦う。イチローのメジャー第2幕、世界一の街、ビッグアップルへと舞台は移る――。

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