【夏の甲子園2026】「あの言葉で報われた」松商学園・ベンチ外3年生は松宗監督の思いをどう受け止めたのか (5ページ目)
高校卒業後は大阪に帰り、大学でも野球を続けたいと考えている。そして、将来の夢について聞くと、毛利ははにかみながらこんな思いを語った。
「たまに思うのは、お父さんのように警察官の道もありかなと。警察官は格好いい仕事ですから。人のためになる仕事だし、尊敬します」
【今となってはメンバー外でよかった】
話を聞いた3人の3年生部員は、それぞれの境遇を歩み、それぞれの思いを抱えていた。それでも最後は「日本一」という旗印のもと、自分ができる役割をまっとうしていた。
最終回。松商学園は2点差まで迫る粘りを見せたが、最後は及ばず。3対5で敗れた。
試合後、アルプススタンドからの応援は届いたかと確認すると、松宗監督はしばらく黙考してから口を開いた。
「アルプススタンド、そして一塁側スタンドから背中を押してくれる大きな声援が聞こえてきました。私たちは応援されるチームを目指していますから、温かい声援をいただけて感謝です」
アルプススタンドの3年生に会ってきたことを報告すると、松宗監督はうれしそうな表情を見せた。3人が「将来は誰かのために働く仕事に就きたい」という思いを話してくれたことを伝えると、松宗監督はこんな葛藤を明かした。
「押しつけちゃっているのかな......という思いもあります。自分自身が『誰かのために』という人生だったので。それが本当にいいことなのか、わからないんですよね」
正解がないからこそ、人生は迷う。それは40代後半になった松宗監督にとっても例外ではないのだろう。
ベンチ外部員だった経験は、松宗監督の人生にどんな影響を与えているのか。そう尋ねると、松宗監督は言葉を選ぶように口を開いた。
「当時は、やっぱり試合に出たかったし、甲子園でプレーしたかった。誰もが思うことでしょうけど。でも、これは歳を重ねてから言えることですが、今となっては逆にメンバー外でよかったと思っています。ケガも浪人も経験して、人生の9割はうまくいってないことだらけです。でも、今は失敗やうまくいかなかった経験を生徒たちに伝えられます。だから、よかったと思っています」
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