ノムさんの教えを胸に福井工業大を指揮 黒坂洋介監督が着手したチーム改革と、全国制覇のために「足りないもの」 (2ページ目)
【学びが多かった野村克也の言葉】
黒坂氏が野村氏と出会ったのは、社会人野球では「ベテラン」と呼ばれる年齢に差し掛かった27歳の時。当時のチームでは試合終盤の守備固めや代走が主な役割で、「ベンチで自身の出番を待つ時間が長かった」という。そこで黒坂氏は野村監督のそばに座り、"ボヤキ"に耳を傾けて教養を深めた。
「野村さんは、これまで漠然と理解していた物事を的確な言葉や文章で示してくれました。野球に限らず人生哲学なども学ばせていただきましたし、状況に応じたプレーをする習慣も身についたと思います」
シダックス監督時代の野村氏 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
野村氏と過ごした日々をそう振り返る黒坂氏は、野村氏の言葉について、こう続ける。
「打席に立った時のボールカウントは全部で12種類あり、カウントごとに投手と打者の力関係が変わる、といったことですかね。守備につく時には、気候や天候、環境によって守備位置を変えるのは当然で、対戦する打者やイニング、点差など試合状況に応じて守備位置を決めるとか。
野球以外でも、『謙虚に生きることが大切。謙虚とは、相手より一段自分を低く見て、接することだぞ』などと、わかりやすい言葉で伝えてくださいました。おかげで物事の理解が深まったような感覚がありました」
野村氏の教えを胸に母校の昌平高校を強豪に育てた黒坂氏が、福井工業大のコーチに招かれたのは、チームが全日本大学野球選手権を控えた2024年6月のことだった。
「顔を合わせるたびに部員たちが気持ちのいい挨拶をしてくれて、長年培われてきた伝統や礼儀を大切にしている点がすばらしかった。正直に言うと、選手個人の能力はさほど高くなかったかもしれません。それでも、選手たちが練習で見せる機敏な動きを見て、全国大会常連校のチーム力の高さに驚かされました」
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