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【大学野球】メジャースカウトも熱視線の最速156キロ右腕 「おまえがプロは無理」と言われても吉川凌平が貫いた信念 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

 毎週月曜のオフは病院に通い、右肩の治療。平日の練習は指導者がやってくる練習序盤のブルペン入りを避け、右肩痛を悟られまいと努めた。土日の試合になると、肩の痛みを押して投げていた。肩痛の原因について、吉川はこう自己分析する。

「自分のケア不足もあったと思うんですけど、投球フォームがよくないなか、疲労が残ったまま練習をしていたのが原因だと思います」

【高校野球引退後に転機】

 高校3年間を通じて結果を残せなかった吉川だったが、ひとつだけ揺るがないものがあった。それは「プロになりたい」という幼少期からの夢だった。

「小さい頃から目立つ選手ではなかったんですけど、なぜか自信だけはあって。どんなに遠回りしてもプロに行くと決めていました。高校時代は『おまえがプロなんか無理だよ』って、いろんな人から言われました。自分のなかでは『勝手に言ってろ』って思っていましたね」

 端正な顔立ちの内側には、強烈な負けん気が潜んでいる。

 高校3年夏の千葉大会が終わったあと、吉川は指導者の勧めで強豪大学の練習に参加している。だが、すでにスポーツ推薦の枠は埋まっており、進学は絶望的だった。そこで、吉川は先輩が進学していた千葉商科大への進学を決意する。吉川は「チームは関係ない」と考えていた。

「地方リーグであっても、速い真っすぐを投げて、結果を残し続ければ、プロのスカウトも見てくれると思っていました。結局は自分次第だなって」

 高校野球引退後、大きな転機があった。中学時代の指導者を介して知り合った、トレーナーの土橋恵秀(つちはし・けいしゅう)の指導を受けたのだ。

 土橋は早稲田大に在学中、和田毅(元・ソフトバンクほか)と二人三脚で投球フォーム修正に取り組み、劇的な進化に寄与したことで知られている。その後も和田の専属トレーナーとしてNPB、MLBの現場を経験している。

 吉川は土橋のもとで肩のリハビリに取り組みつつ、さまざまなトレーニングドリルを伝授された。もともと「地味なトレーニングが好き」と語る吉川にとって、コツコツと取り組める土橋のドリルは性に合ったという。

「ひとりで練習することは、集中できるので好きなんです。ウエイトトレーニングなんかは『重い......』となっちゃうんですけど、細かい動きのトレーニングのほうが自分は好きですね」

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