【高校野球】「今のうちに勝っとけ」智辯学園のエースに宣戦布告! 奈良大附の190センチ右腕が秘める"逆襲の夏" (3ページ目)
新城の人生が大きく変わっていくのは、守口ボーイズに入団した中学時代だった。
守口ボーイズは1970年に創設された、ボーイズリーグ草創期からの歴史を誇るチームである。当時のチーム名は「全守口」で、愛称は「ゼンモリ」。小学部は過去に3回日本一に輝いた実績がある。しかし、2018年5月を最後に部員数がゼロになり、消滅の危機に瀕していた。
部員数が減少する要因になっていた古い慣習をなくし、守口ボーイズはチーム再建をかけるべく選手募集をかけた。そのリスタート1期生として入団した24人のなかに、新城がいた。
1期生は2学年年上の中学生と戦わなければならない。当然ながら、負け続ける日々が続いた。投手や遊撃手としてプレーした新城は、「最初はずっとベンチ生活で、野球をやめたいと思ったくらい」と振り返る。
中学3年間で身長が20センチも伸び、投手に専念したところ徐々に才能が開花していく。チームも徐々に勝てるようになっていった。
「守口ボーイズは負けてばかりでしたけど、選手全員が負けず嫌いでした。だから強くなれたのだろうと思います」
中学3年時には大阪支部予選で49年ぶりに優勝し、全国大会に出場する。下剋上を成し遂げた成功体験と負けじ魂が、今も新城という投手を支えている。
【日本一のピッチャーになりたい】
なぜ、リスクを冒してでもプロを目指すのか。そう尋ねると、新城はこう答えた。
「高卒でプロに行って、早く日本一のピッチャーになりたいので。どんな相手でも、負けたくないんです。年上とか関係なく、試合になれば自分の気持ちを出して、抑えにいきます」
もちろん、現実も直視している。現時点で智辯学園を倒せる力があるかと尋ねると、新城は首を横に振った。
「今の自分なら、絶対に智辯を抑えられないです。でも、最近は感覚をつかみかけてきて、『これくらいの力感で、こんなボールがいくんや』という手応えが出てきました。指導者の方からも『まだまだ伸びる』と言ってもらえていて、自分でもどこまで上に行けるのか、楽しみになってきました。夏までには150キロを出したいですね」
恵まれた肉体に宿る無限の可能性と、強烈な負けん気。こんな選手こそ、高卒でプロを目指すべきなのかもしれない。
新城楓雅が夏までに見違えるような進化を見せていれば、いよいよ波乱の気配は濃くなっていく。
著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。
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